「小柄なボディにパンチのあるエンジンを積んだ今や数少ないFUNなクルマの味わいを探る!」
百万円代で手に入るスポーツカーとして、その登場以来若者の走り好きにも人気のスイフトスポーツが三代目へ進化。希少となった、走りを楽しむためのコンパクトスポーツというキャラクターをよりブラッシュアップした新型モデル。スイフトスポーツと同様に、各メーカーの心意気を感じる貴重なライバルたちと比較することでその進化を明らかにする。
REPORT●佐野弘宗(SANO Hiromune)
PHOTO●神村 聖(KAMIMURA Satoshi)/平野 陽(HIRANO Akio)
※本稿は2017年9月発売の「新型スイフトスポーツのすべて」に掲載されたものを転載したものです。車両の仕様や道路の状況など、現在とは異なっている場合がありますのでご了承ください。
日本市場では希少な存在となった〝ホットハッチ〟
財布が軽い若者がホットハッチでクルマ趣味に入門する……、などという構図は、今や時代錯誤に近い。しかし、スイフトスポーツがエンスーの間でカリスマ足り得ているのは、現代ニッポンでそんな「昭和の常識」が当てはまるクルマとして、これがほぼ唯一の存在だからだろう。
新型スイフトスポーツの車両本体価格は先代比でわずかに上昇したが、それでも必須オプションの「セーフティパッケージ」を追加しても、ギリギリで200万円を切る。それは標準系スイフトの最高性能版である「RSt」の約20万円高に過ぎない。
そんな独特の立ち位置こそ、スイフトスポーツの伝統にして最大の魅力だ。「コンパクトハッチ、スポーツ、200万円」という3条件にかろうじて合致するのは、スイフトスポーツ以外にはホンダ・フィットRS(の1.5ℓ車)と日産マーチ・ニスモSの2車だけである。しかし、この2車もまたスイフトスポーツとは立ち位置が微妙に違う。
まずフィットRSは、今や貴重な6速MTという変速機以外、良くも悪くも機械内容にエンスーな特別要素はほとんどない。1.5ℓエンジンは国内向けフィットでは最もパワフルだが、それ単体は快適グレードの「15XL」と共通で、動力性能も飛び抜けて高いわけでもない。そのうえ、もともとフィットは国産コンパクトカーとしては立派なサイズで、室内空間と多用途性を売りとする。ボディサイズが絶妙に小さくて軽いスイフトと比較すると「機動性」という点でもエンスー指数は低い。「小ささゆえの機動性」や「エンスーな専用チューン」というマニア目線では、フィットRSよりマーチ・ニスモSのほうがスイフトスポーツに近い存在といえる。
ただ、ニスモSはマーチの量産シリーズとは別立てで、タイから上陸した個体に日本のオーテックジャパンが特別架装した改造車だ。後付けモディファイらしく、快適性を犠牲にしてキリキリと締め上げられたアンバランス感が強い。まあ、そういう「武装感」もまたエンスーにはたまらない魅力だが、スイフトスポーツとはやはり立ち位置は異なり、また標準系モデルとの価格差もスイフトスポーツより明らかに大きい。
フィットRSもマーチ・ニスモSも、性能や価格設定で(時系列的には先代の)スイフトスポーツを強く意識しているのは明らかだ。それでも、フィットRSの内容はスイフトスポーツほど本格的でなく、ニスモSはスイフトスポーツより台数を絞った限定感が強い。今の日本市場でスイフトスポーツのような本格量産ホットハッチを成立させることは、我々が思う以上に難しいのだ。
スズキ・スイフトスポーツ(6速MT)
直列4気筒DOHCターボ/1371㏄
最高出力:140㎰/5500rpm
最大トルク:23.4㎏m/2500-3500rpm
JC08モード燃費:16.4㎞/ℓ
車両本体価格:183万6000円
〝テンロクNA〟を捨て圧倒的な〝速さ〟を獲得した
新型スイフトスポーツは伝統の「テンロク」エンジンを捨てて、スズキ最新の1.4ℓ直噴ターボを積む。最大トルクは先代比で実に4割以上も増大しており、純粋なスペックでは、もはやフィットRSやマーチ・ニスモSは敵ではない。「Bセグ平均より小さなボディに、20㎏m以上のターボエンジン」という組み合わせは国産車では類例がなく、輸入車でもアバルトくらいしかない。まあ、アバルト595は国産勢より100万円以上も高額になるので直接競合はしないだろうが、さすがは「小さな高級車」だけに、内外装の質感は高い。エンスーなら価格なりの満足感は得られるだろう。
新型スイフトスポーツの第一印象は素直に「速い!」である。タイヤのひと転がり目から背中をドーンと蹴られる加速力は、フィットやマーチはもちろん、アバルトに対しても圧倒的。スズキとアバルトの1.4ℓターボエンジン自体の最大トルク差は2.0㎏mしかないが、新型スイフトスポーツはアバルトよりなんと140㎏(!)も軽い。さすがにこれだけの重量差があると、パンチ力の違いは体感的にも如実だ。
考えてみればアバルト595のベース設計はすでに10年選手で、軽量化競争が激化する以前の世代といってもいい。しかも、ベースのフィアット500は「小さな高級車」という企画だから、静粛性や乗り心地のために質量を掛けてもいる。もともと小さいから絶対的に重いというほどではないが、今回の4台でボディサイズが最小ながら、フィットやマーチと比較しても明確に重い。
新型スイフトスポーツのK 14C型エンジンは、パワフルなだけでなく、ひと足先に搭載されたエスクードのそれより、レスポンスも明らかに上手だ。過給ラグも皆無とは言わないが、最新の過給スポーツエンジンに恥じない程度には小さい。聞けば、ウェイストゲートを「ノーマルクローズ制御」にするなど、きちんとスイフトスポーツ専用のチューニングを施しているあたりは、スズキもさすがマニア心が分かっている。
新型スイフトスポーツは2ペダル変速機が従来のCVTに代えて6速ATとなったのもトピックである。3速以上のギヤ比はMTより高めの設定だが、本質的にこの車重にはありあまるほどのトルクなので、ATでも痛痒感はまるでない。高回転での炸裂より中低速の図太さが優るエンジンもATとの相性がいい。新型スイフトスポーツは良くも悪くもMTかATかで大いに迷わせる。
もっとも、この種のクルマにとって絶対的な速さは二の次であり、「いかに日常を刺激的なものにしてくれるか」が最大のキモである。スズキのK 14C型と比較すると、アバルトの非直噴ターボは中低速トルクは薄めで、震動も多い。ただ、4000rpmあたりからハッキリと炸裂するターボ感やヌケの良い快音で、好事家の琴線をより強く刺激してくれるのはアバルトだったりもする。
また、ホンダや日産の1.5ℓも、その出自や狙いを考えれば悪くない……どころか、それぞれにキラリと長所のある好エンジンだ。
ホンダの1.5ℓはしょせん実用エンジン(?)でありながらも、リミットの6800rpmに向けて正比例にパワーを積み上げていくドラマがあり、ことさらの迫力はなくとも精緻なサウンドはまさにホンダミュージック。排気量や燃費を考えれば、132㎰/15.8㎏mというスペックも十二分に評価できる。
日産の1.5ℓはひと言でいうと荒々しい。ベースも実用ユニットのHR 15DE型だが、そこに吸排気やECU、圧縮比などを専用化するのみならずハイカムまで仕込んだ古典的なチューンドエンジンである。マーチのかわいい外観からは想像もできないほど野太い排気音はある意味で下品。しかし、高出力NAエンジンらしい噛みつくようなレスポンスに加えて、4000rpmあたりから明確に本領を発揮して、さらに鋭く、そしてカン高い音に変貌する演出は、好事家なら思わずニヤリとしてしまうこと請け合いである。
ホンダ・フィット RS ホンダ センシング(6速MT)
直列4気筒DOHC/1496㏄
最高出力:132㎰/6600rpm
最大トルク:15.8㎏m/4600rpm
JC08モード燃費:19.2㎞/ℓ
車両本体価格:205万920円
シャシーの基本性能でもトップクラスの実力を備える
こうしたエンジン特性に加えて、シャシーを含めたクルマ全体の味わいでも、剛性感に富み、身のこなしの安定感も冷静沈着な新しさがあるのはスズキとホンダの2台だ。
新型スイフトはこのスポーツに限らず、先代より明らかにリヤタイヤがしなやかに接地するのが特徴である。ただ、前後バランスを含めて専用に仕立て直された新型スイフトスポーツは、ロール剛性が引き上げられたリヤの安定感が際立つ。
標準スイフトではリヤサスが動き過ぎて、フロントの接地感が少しばかり薄くなっていたきらいがあるが、スイフトスポーツにそうした印象はほとんどない。加えて、今回の試乗車が履いていたコンチネンタル・スポーツコンタクト5のグリップ力もあってか、ステアリングレスポンスは俊敏で、しかも大舵角まで強力に効く。タイトな山坂道でも荷重移動によるタックインなどをことさら意識せずとも、ステアリングで思うがままに走れるし、フルバンプ付近でも安定性を失わないフトコロの深さにも感心。また、高速での直進性、上下動をほどよく抑制したフラット感も、いかにもモダンである。
フトコロの深さ、ドシッと腰の据わった安定性はフィットも負けていない……どころか、絶対的に余裕のあるホイールベースやサスストロークもあって、基本キャパシティはスイフトより明確に大きい。深くロールしてもしなやかさを失なわず、高速では上下動がピタリと収まる。
ただ、タイヤ銘柄もほどほど(ダンロップSPスポーツ2030)のフィットRSは、シャシーチューンも特別にスポーティな仕立てではない。同クラスの最新欧州車に引けを取らない快適性や高速安定性はスイフトより一枚上手の部分もあるが、小気味いい機動性やクリップを射抜く鋭さには欠ける。それは「フィットの最上級モデル」としてはアッパレのデキでも、これが「ホットハッチか?」と問われてしまうと、正直なところ「RS」の名から想起する遊び心や刺激にはとぼしい。
この2台はお世辞やヒイキ目なしに高度なシャシーで、スズキはあらゆる路面を正確にトレースして、ホンダは豊かな基本キャパシティですべてを包み込むようにクリアしていく。これに対して、アバルトと日産は、もう、走っているだけで上を下へのドンチャン騒ぎである。
絶対的なサスストロークが豊富とはいえないアバルト595は時に細かく、時に激しい上下動にさらされる。そして、マーチ・ニスモSの車内は絞り出すようなエンジンノイズとロードノイズに常に満たされており、路面からの突き上げは時折身構えるほど鋭い。路面のあちこちが荒らされた今回のスズキ竜洋テストコースでのアバルトとニスモは、さしずめ「じゃじゃ馬ならし」の気分だ。
ただ、アバルトもニスモも、その限界のあるベース設計を、ギリギリで破綻しないスポーツテイストに仕立てたセンスは巧妙である。
ディメンションにもストロークにも限界があるアバルトは、強力なターボパワーを受け止めるためにシャシーはどうしても締め上げざるを得ないのだが、硬い割にはサス作動は滑らかだ。さらに、そうした硬いアシに穏当なタイヤ(取材車はコンチネンタル・エココンタクト5)を履かせることで、最低限の乗り心地を確保しつつ、同時に適度にグリップを逃がすことで危険な挙動に陥らせない。絶妙なサジ加減である。
ニスモSにしても、ベースのマーチは良くも悪くも安価なゲタグルマに過ぎず、基本的なボディ剛性もホメられたものではない。しかし、BSポテンザRE 11の限界は掛け値なしに高く、そんな超ハイグリップで角ばった武闘派タイヤを、マーチでギリギリで履きこなすチューンは見事というほかない。そのぶん乗り心地にシワ寄せがきているのは事実だが、そのグリップ力を活かした鋭い旋回、突き上げは盛大でも走行ラインはギリギリで乱さず、タイトコーナーを積極的に攻めたくなる正確性も失わない。そして私ごときがオイタをしても恐怖を感じないリヤスタビリティも確保されている。
アバルトもニスモも冷徹に観察すればツッコミどころ満載なものの、シツコイようだが、この種のクルマのキモはそこではない。アバルトもニスモも、そのブランドネームからして大人には甘酸っぱいし、全身が刺激に満ちた格好の回春剤ではある。
日産マーチニスモ S(5速MT)
直列4気筒DOHC/1498㏄
最高出力:116㎰/6000rpm
最大トルク:15.9㎏m/3600rpm
JC08モード燃費:―
車両本体価格:184万2480円
200万円以下で手に入る極められた独自の世界観
こうして、それぞれに魅力(とツッコミどころ)がある4台だが、その中で新型スイフトスポーツが飛び抜けているのは、繰り返しになるが動力性能である。その魅力は加速性能や最高速(国内仕様は当然のごとく180㎞/hでリミッターが効くが)といった客観数値にとどまらない。空前のトルク・ウエイト・レシオによる鋭い加減速レスポンスと、それによる小気味良い旋回コントロール性こそが最大のキモである。
新型スイフトスポーツのハンドリングの仕立てはまさに現代の正攻法で、剛性感と正確性に富む。これを1tに満たないボディで……と考えると素直に感心するが、新型スイフトスポーツはそこに刺激たっぷりの動力性能のトッピングが加わるのが新しい。新型スイフトスポーツは冒頭の3条件にもうひとつ加えた「コンパクトハッチ、スポーツ、200万円、そして素直に速い!」という4条件がそろった現時点で唯一無二のクルマといっていい。もともと国産車では貴重な立ち位置だったが、この新型でさらに独自の世界観を極めた感がある。いや、そんな細かい情緒やコジツケはともかく、200万円以下でこれだけ高い動力性能を持ち、しかもそれを見事に御しきるシャシーが手に入るとは、素直に魅力的なホットハッチである。
アバルト595(5速RMT)
直列4気筒DOHCターボ/1368㏄
最高出力:145㎰/5500rpm
最大トルク:21.4㎏m/3000rpm
JC08モード燃費:12.6㎞/ℓ
車両本体価格:309万9600円