前輪のみならず、後輪も操舵することで旋回性能を高める4WS。しかし速度域や負荷によって前後を同じ方向と違う方向を使い分けている。なぜそのようにするのか、そのようにすると何が得られるのかを解説してみる。
TEXT:安藤 眞(ANDO Makoto)
ルノーの新型メガーヌGTには、「4Control」と称する4WSシステムが搭載されており、各方面ですこぶる評判が良い。トーションビーム式サスペンションの両端に操舵可能なナックルを装着したシステムで、タイロッドを押し引きすることで後輪を操舵する。
操舵方向は約60km/h以下で逆位相(前輪とは逆向き)、それ以上では同位相(前輪と同じ)に切れる(スポーツモード使用時の閾値は100km/h)。操舵角は車速とステアリング舵角を基本とするが、ヨーレートや横Gとの関連制御も行っていると思われる。
4WSといえば、僕がシャシーエンジニアだった20世紀の終わりごろ流行ったシステムだが、最近になってBMWやポルシェ、ルノーが前出のメガーヌに採用するなど、復活の兆しが現れている。しかし、意外にわかりにくいのが、その効果である。
逆位相に切れば、小回りが利いてよく曲がるようになるのはイメージしやすいと思う。しかし逆位相に切ると、向きが変わりにくくなってしまうのではないか?と疑問に思うのが自然だと思う。それを理解するには、「後輪操舵によって旋回中心がどう動くのか」を考えるのが早道だ。
クルマの旋回中心は、前輪と後輪それぞれの回転面に直角に引いた線の交点になる。厳密にはタイヤにはスリップ角が生じているが、そこは無視して考える。
後輪を逆位相に切ると、後輪の回転面から直角に引いた線は前に移動し、交点も前側に移動してくる。すると何が起きるのか、というと、旋回半径が小さくなるのである。それとは逆に、後輪を同位相に切ると、交点の移動も反対になり、実質的な旋回半径は大きくなるわけだ。
ここで、走行速度が同じならどうなるかを考えてみよう。同じ速度で旋回する場合、旋回半径が小さいほうが遠心力は強くなり、大きいほうが弱くなることは、経験的に理解できると思う。だから同じコーナーでも、アウト〜イン〜アウトを使って旋回半径を大きくしたほうが速く走れる。
これは遠心力の公式からも、理解することができる。遠心力をF、速度をV、旋回半径をR、物体の質量をmと置くと、遠心力F=m×V^2/Rと表すことができる。同じクルマだからmは同じで、速度も同じというのが前提だから、変数は旋回半径Rのみ。Rは分数の分母だから、遠心力は旋回半径が大きいほど小さくなることがわかるはずだ。
ここで、後輪を同位相に切ると何が起きるかを思い出して欲しい。そう、旋回半径が大きくなるのだった。すなわち、遠心力は小さくなり、それに抗するためのコーナリングフォースも少なくて済む、すなわち、タイヤの横グリップに余裕が出るから、同じ速度ならより安定して、同じ安定性ならより速く走ることができる、というわけだ。
ならば逆相に切ると、旋回限界が下がって遅くなるのでは?という疑問は半分正解。ラリーを見ればわかるように、低速のタイトターンはサイドブレーキを引いてグリップを破綻させてでも、「向き変え」を優先している。後輪を逆相に切れば、制動成分を使うことなく向き変えができるから、結果的に速くなる。一般ユーザーはグリップ限界を超えるところまでは使わないと思うが、峠道で操舵量が減るから、運転は楽になるというのが、実質的な逆相切りの効果だ。
厳密に言えば、過渡特性などもからんできて、もっとややこしい話になるのだが、一般ユーザーにとってわかりやすいのは、こういう説明ではないかと思う。