直噴にターボというのがこのところの新型エンジンの花形搭載技術。シリンダー内に燃料を直接噴射するのはいかにも効率が良さそうに思える。いっぽうで、たとえばプリウスのエンジンのようにポート噴射を維持するエンジンも主流。果たして両者にはどのような特質があるのだろうか。
TEXT:三浦祥兒(MIURA Shoji)
現在のダウンサイジングターボエンジンの隆盛を支えたのは筒内ガソリン直噴である。ガソリンの持つ気化潜熱を利用してノッキングを効果的に抑制することができたからだ。
気化潜熱を身近な事象で例えれば、注射の時のアルコール消毒と同じ。アルコールが皮膚の表面の熱を奪うことでヒヤリとするわけだ。ポート噴射は吸気ポートで空気と混ぜられた上でシリンダーに入るから、直噴でピストンにガソリンを拭きかけるような冷却効果は望めない。
またガソリンの噴射位置と量を適切に制御することで、プラグ周辺だけをストイキオメトリー近くの混合比として点火、筒内全体としては空気過剰という成層燃焼を行う事で燃費の向上も可能となった。
技術自体は戦前から存在し、自動車用としては1954年にメルセデス・ベンツ300SL用・M198型エンジンによって実用化された。だがその後なかなか採用が進まなかったのは、60~70年代の技術ではガソリンを微細に噴射することが難しく、燃焼が悪化して却って出力が低下したり、霧化されなかったガソリンがシリンダーボアに付着して潤滑オイルを洗い流してしまうといった問題があったからだ。
90年代にコモンレール式ディーゼルエンジンが実用化され、高圧で微細な燃料を噴射することが可能になると、その技術をガソリンエンジンにも適用する機運が生まれた。また軽油より自己潤滑性の低いガソリンに対応した材料やコーティング技術も進捗し、ターボエンジンのみならず、高圧縮比のNAガソリンエンジンにも適用されるようになった。
けれども既存のポート噴射は淘汰されたわけではなく、生き残った上に直噴と併用するケースまで現れた。
主な理由は3つあると思われる。
まず、高圧でガソリンを噴射するための燃料ポンプやインジェクターがコスト高を招くこと。もうひとつは、インジェクター配置の難しさ。ディーゼル状のピストン冠面に吹くためには燃焼室頂点に配置すべきだが、通常そこはプラグがある場所。かといって比較的余裕のあるバルブと直角配置の側面に置くと、燃料がボアに向かって吹かれるためにオイル希釈の問題が発生する。ディーゼル直噴と違いガソリンエンジンならではの構造的宿痾である。
そしてノッキング防止以外の効能がほとんどなかった、という点。急速燃焼を旨とするガソリンエンジンでは、ポートからシリンダーに至るまでに霧化するための時間的余裕と熱があるポート噴射と違い、直噴は生焼けになって煤が出ることもある。だからというべきか、アウディや日産の新型ターボエンジンでは、直噴を高負荷でノッキングの危険性のある時に使用を限定し、通常軽負荷ではポート噴射を行う。ポート噴射はポート噴射で吸気ポートに燃料が付着して燃焼に寄与しない分が出てしまうネガもあるのだが、結果的に効率がよい(軽負荷時)ということなのだろう。
トヨタのTHS-Ⅱでは高負荷条件ではモーターアシストが必ず発生するため、高負荷対策としての直噴は使用しない。今後増えるであろうシリーズハイブリッド用エンジンでは、さらに使用負荷が限定されるため、わざわざ高コストの直噴を使う事は控えられるかもしれない。