静岡県の北部、南アルプスにめり込むように位置する奥大井エリア。
険しい山々に阻まれ、長野県側に抜けることは出来ない。
日本屈指の秘境をダイハツ・コペンで訪ねた。
TEXT:小泉建治(KOIZUMI Kenji) PHOTO:平野 陽(HIRANO Akio)
この「行き止まり感」が秘境そのもの
静岡県は東西に長い。例えば東京から名古屋に行くにしても、その道程のほとんどは静岡県に占められる。神奈川との県境から愛知との県境まで、東名と新東名を使った場合の距離は約160kmもある。「まだ静岡県か」とは、多くのドライバーが東名を使って関東から関西へ、あるいは関西から関東に向かうときに一度は口にする言葉だろう。
しかしその静岡県が、実は東西方向と同じくらい南北方向にも長いことはあまり知られていない。それもそのはず、南アルプスの山々が険しすぎて、静岡県の北端には道が通じていないからだ。古くから東海道という日本を代表する街道が発達し、現代も東名と新東名という大動脈を擁する東西方向に対し、南北方向の交通網はあまりに脆弱なのである。だから自ずと、南北の長さを実感する機会も得られないわけだ。
だからこそ、冒険心をおおいにかき立てられるエリアとも言える。なにしろ北側に接している長野県には通り抜けることが出来ないのだ。この行き止まり感こそ秘境そのもの。
そんなわけで今回は、一般人がクルマで行ける静岡県の事実上の北限とも言える井川湖、接岨峡の周辺、いわゆる奥大井と呼ばれる一帯を目的地とした。東京からでも日帰りで行こうと思えるギリギリの距離である。
右も左も白髭神社?
お茶畑を抜けると、いよいよ険道も本格化
話は戻って県道189号である。相変わらずタイトでツイスティな険道が続くものの、ときおり眼前に広がる茶畑が目に優しく、適度に緊張感をほぐしてくれる。静岡県といえばお茶の生産量で日本一を誇り、宇治茶、狭山茶と並んで日本三大茶に数えられる。
静岡の場合、さらに地域によって細かく呼び名がつけられブランド化されており、この辺りで生産されるお茶は本山茶と呼ばれている。
そんなお茶畑も徐々に姿を消し、気がつけば険しい山々に囲まれていた。対向車や突然の段差などに気を遣うべき状況だが、幸い前方にほどほどのペースで快走するプロボックスがいたため、ちょうどいい露払い役になってもらえた。
コペンのCVTは7段のMTモードを備えている。無段変速機であるはずのCVTに段をつけるのは本末転倒と言う向きもあるだろうが、こうした山岳路などでは一定のギヤ比を維持したい場面もあるわけで、個人的には有用なシステムだと思っている。
面白いのはSモードで、固定ギヤ比をステップATのように自動で変速していくのだ。わかりやすく言えば「MTモードをATモードにした」ようなもので、エンジン回転数と速度がリンクして上昇し、ある回転数で変速されてエンジン回転数が下がり、そこからまた加速を始める。
CVTの欠点のひとつである、エンジン回転と実際の速度がリンクしない感覚が抑えられ、リニアなドライブフィールが得られるというわけである。
一方、足まわりには改善の余地アリである。動きが渋く、突き上げが強烈で、コーナリング中のギャップで接地を失う場面も一度や二度ではなかった。どこか特定の速度域にスイートスポットがあれば擁護も出来るのだが、低速域でも高速域でも変わらないため、それも難しい。ライバルであるバリバリ体育会系のホンダS660に対し、コペンのウリは癒し系キャラにあるはず(勝手な解釈ですが)。子どもも自立したし、夫婦ふたりのために念願のスポーツカーを......というのは、実はコペンの顧客層に多いパターンだと思われるが、そんな老夫婦が「やっぱりスポーツカーは無理だった」などと懲りてしまわないことを祈るばかり......。
世にも稀な恐怖の吊り橋
湖上に浮かぶ絶景の駅
次なる目的地は、湖の上に浮かぶ珍しい駅、「奥大井湖上駅」だ。井川大橋からは県道60号と388号を南下して30分ほどで着く。千頭と井川の間を結ぶ大井川鐵道井川線は、国内唯一のアプト式列車だ。もともとダム建設のための専用トロッコとして敷かれたもので、通常の在来線よりも線路の幅がかなり狭い。そして日本一の急勾配となる一部の区間では、線路の中央に歯形のレールを設け、車両側に備えられた歯車を噛み合わせて上り下りするアプト式が用いられている。
そんな、見どころ満載の大井川鐵道井川線のなかでも、とりわけ必見ともいえる場所が奥大井湖上駅である。大井川がダイナミックに蛇行し、そこに半島状に突き出た土地の先端に位置するこの駅は、まさに陸の孤島といった風情で、どうやって建設したのかまるで見当もつかない。あまりにも険しく狭い場所にあるため、たいして長くもないはずのホームが陸地からはみ出てしまっていて、まさしく湖上の駅になっている。こんな駅、おそらく世界を見渡してもほかになかなかないはずだ。
ちなみにこの大井川鐵道井川線は一日に最大6往復だから、走行シーンを見られるチャンスは多くても12回しかない。季節や曜日によっては減らされる列車もあるので、訪れる際には時刻表をしっかり確認されたし。
列車の走行シーン撮影という慣れない経験を終えれば、あとは新東名を目指して戻るだけである。そのまま県道388号を南下し続け、千頭からは国道362号で静岡サービスエリアに併設されるスマートインターチェンジを目指した。国道362号は酷道というほどではないが、国道のわりにはタイトなコーナーが続く。路面の状態は良好だから、そこそこのペースで楽しむことができる。
今回の道中、コペンのトップはほぼ全行程において開けっ放しだった。陽を浴びながらのドライブは最高に気持ちがいいし、うっそうとした木々の下では急にひんやりとする。川沿いではせせらぎの音も耳に届いてくる。目を三角にして攻めるのではなく、自然を肌で感じることを主眼とする酷道険道ドライブにはオープンカーこそ理想のパートナーだ。
新東名の開通によって、日本屈指の秘境はグッと身近な存在になった。しかし心配は無用。酷道険道っぷりは相変わらずだから、そうそう簡単に行ける場所ではない。理屈としては行きやすくなっても、秘境らしさはまったく失われていないのだ。
ダイハツ・コペン ローブVol.1「酷道険道は日本の宝である!【顔振峠から秩父へ(酷道険道:埼玉県)】」はこちら!
▶全長×全幅×全高:3395×1475×1280mm
▶ホイールベース:2230mm ▶車両重量:870kg
▶エンジン形式:直列3気筒DOHCターボチャージャー
▶総排気量:658cc ▶ボア×ストローク:63.0×70.4mm
▶圧縮比:9.5 ▶最高出力:47kW(64ps)/6400rpm
▶最大トルク:92Nm/3200rpm ▶トランスミッション:CVT
▶サスペンション形式:(F)マクファーソンストラット(R)トーションビーム
▶ブレーキ:(F)ベンチレーテッドディスク(R)ドラム
▶タイヤサイズ:165/50R16 ▶車両価格:185万2200円