どんなに待ったことでしょう! 春の到来を。三月の別名の「弥生(やよい)」は「いやおい」が変化したものといわれています。大いに生きる、または成長する。生命が盛んになるさまを表す勢いのあるおめでたいことばです。冬を越えた三月にあてた期待の大きさを感じませんか。雪の下から、また枯れた枝からは新しい芽が吹きだし、徐々にあがる気温とともに私たちの身体もホッとゆるみ始めます。さあ、心もあらたに新しい生命の息吹を感じにまいりましょう。
「木の芽時」萌え動くのは草木たち
三月になり寒さがゆるむと、申し合わせたように木々が新しい芽を吹きます。これを「木の芽時(このめどき)」といいます。晴れれば「木の芽晴れ」また冷えれば「木の芽冷え」、吹く風は「木の芽風」で雨がふれば「木の芽雨」と、新芽の萌え出るようすを通して季節を感じていたことがわかります。
《木々おのおの名乗り出でたる木の芽かな》 小林一茶
三寒四温といわれるように寒さと温かさの入れ替わりを繰り返しながら、さまざまな木々がそれぞれのタイミングで芽を出します。寒さの中に固く閉ざしていた枝が、新しい芽吹きで一気に柔らかさを見せると、春が確かにやってきていると実感させてくれます。
青々とした山椒の若い芽は「木の芽(きのめ)」とよみます。清々しい香りを放ち春の風味となって料理を引き立てます。擂りつぶして西京味噌とみりんを加え、出汁で好みにゆるめて和え物に。今でしたら蓮根やアスパラガス、イカとの取り合わせも美味しいのではないでしょうか。
「土筆坊」雪をかきわけて春を告げます
ひょっこりと大地に姿を表すのは「土筆(つくし)」。淡い褐色で筆のような頭を真っ直ぐにのばしてきます。茎に残した袴をはいたような節が成長の証しです。土手の堤やあぜ道、また野原や空き地などで群がって生えてくる姿は愛らしく「土筆坊」と呼んで春の摘み草として人気です。
かわいらしい「土筆」ですが実はスギナの胞子茎です。筆のような頭にはびっしりと胞子を抱えており、気温が上昇してくると一斉に胞子が飛び出します。地面に落ちた胞子はやがてスギナとして育ちます。スギナは雑草としてはなかなかしぶとく庭などに生えてくると手こずる植物です。
《すさまじや杉菜ばかりの丘ひとつ》 正岡子規
「土筆」春の味覚にもなっています。美味しい「土筆」の選び方は穂先のしっかり閉じた物がポイントとのこと。つまり胞子を抱えているもののほうが味わいがあり美味しいということだそうです。水洗いをしたら袴をとり湯がいてアクをとってから調理をしましょう。野趣に溢れた味わいを楽しんでみるのもまた一興です。
《土筆煮て飯くふ夜の台所》 正岡子規
春の到来を教えてくれる可愛らしい「土筆」を煮て食べる。「春を喰らおう」という子規の逞しい一句です。
女の子の春を華やかに祝う「雛祭り」
赤い毛氈(もうせん)の段々に飾られた雛人形の華やかさには、女の子の無事な成長を祈る大人たちの願いと喜びがひときわ強く感じられます。現在では「雛祭り」をお祝いとして考えるのが主流になっていますが、その起源をさかのぼると人形(ひとがた)に作ったもので身体をなで、穢れや災いを移して水に流すお祓いの習わしにたどりつきます。
雛人形として飾るようになったのは江戸時代からとか。それまで流してしまっていた「紙雛」から、布で作られた正装の「座り雛」へ、さらに高貴な姿のお内裏様とお雛様の一対が生まれていったそうです。
《初雛の大き過ぎるを贈りけり》 草間時彦
《内裏雛五曲の金の屏風背に》 石井いさお
三人官女に五人囃子、三人仕丁に左大臣、右大臣等を配置した五段や七段かざりは生活が豊かになっていった現れでしょう。お祓いとしての「雛祭り」は無くなっていますが、健やかな成長を願って祝う気持ちには変わりはありませんね。