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マガンの子育てがいじらしくも可愛い!七十二候「鴻雁北(こうがんかえる)」


4月10日より清明の次候「鴻雁北(こうがんかえる)」となります。鴻とはヒシクイなど大型のガン類を、雁はマガンやカリガネなどの中~小型のガン類をさし、マガン類の総称を意味します。日本で冬越しをしていたこれらの鳥たちがはるか北極圏へと旅立ちます。ちょっとさびしいですが、その代わり夏鳥のツバメが南からやって来ます。ツバメたちが人家の軒下や建造物の陰などで子育てをする様子は私たちにはおなじみですが、逆に言うと雁の子育ては日本では見られません。遠い繁殖地で、雁たちはどんな子育てをしているのでしょうか。


旅立った雁たちの行き先は

2015年の調査集計によりますと、日本に飛来したハクチョウ類は約6万7000羽、ガン類は合計で約19万羽となり、その中でもマガン(Anser albifrons)は18万羽を占めています。つい先ごろ、絶滅が危惧されていたシジュウカラガン(Branta hutchinsii)の昨年度の飛来数が、再生プロジェクトにより2000羽以上に劇的に改善されたといううれしいニュースがありましたが、マガンの飛来数と比べればわずかで、日本に飛来する「ガン」といえばほぼマガン、ついでヒシクイ(Anser fabalis)が6000羽ほどとなっています。

日本に飛来するガンがどこから来てどこへ行くのか、実はつい近年までほとんどわかっていませんでした。はるか常世の国から来るとされていた古代、中世ごろから、江戸時代にようやく鳥類学者として有名な堀田正敦が「観文禽譜」でロシアの北方島嶼で「雁夏冬ありて子をも産す。」と記したのがはじめてで、その後1991年の日露共同の標識調査ではじめて、日本に飛来するガン類の渡りルートの一端が明らかになったのです。

それによれば、現在主に宮城県に逗留するマガンたちの主な繁殖地は、オホーツク海を越えて北東に向かい、チュクチ自治管区とカムチャツカ地方にまたがるコリャーク山脈を越えた(マガンは何と高度9000mの上空を飛ぶことが出来ます)広大なツンドラ地帯であることがわかっています。

かつて、日本に飛来するマガンの数は僅かに3000羽ほどに減ってしまったこともありました。日本で明治時代の狩猟解禁以来盛んに狩猟されるようになったこと、マガンがねぐらとする大きな湖沼や干潟が埋め立てられたことなどもありますが、夏の繁殖地であるソビエト(現在のロシア)側のツンドラでも狩猟が盛んになったり、トナカイの放牧が広範囲化して営巣地が荒らされたことなども原因でした。つまり、越冬地、繁殖地ともどもで環境が急激に悪化したのです。

その後日露双方で保護対策がとられるようになり、現在ようやくガン類の数が増えつつあります。


マガン・白夜の夏の育児日記

5月の中旬ごろに北極圏に帰還したマガンたちは、雪や氷が溶け出して水の張った池があちこちに出来始める5月の末ごろ、集団からつがいに分散して、おのおののカップルで営巣をはじめます。

地上の窪みに地衣類、葉、枝などを敷き、綿羽で産座を作ります。6月に入ると産座で産卵がはじまります。ちなみに、交尾は渡りの中継地などで行われることが多いようです。3日で2つくらいのペースで産んでいって、ひとつ産むごとに草の茎や羽毛を卵の周囲にも敷き詰めていきます。卵の数は3~7個、平均5つくらい産みます。

卵を産み終えると約4週間もの抱卵期間に入ります。マガンは、カモ類やツバメなどのようにペアを頻繁に代える種とは違い、基本的に終生添い遂げるといわれています。抱卵は常に雌が単独で行い、雄は抱卵をしません。期間中雌が卵を離れるのはわずか20~40分くらいで、その間に急いで食べ物をかきこみ、用を足します。この時期、北極圏は白夜の季節。太陽の位置が最も低くなり、薄暗くなった時間帯を選んで巣を離れる慎重さです。

一方雄は、外敵から卵を守るために不眠不休で警戒し続けます。

孵化が近づくと、卵の中で雛が鳴き始めます。すると母鳥は抱卵したまま低い鳴き声で応じて、雛に親の存在を知らせます。こうして卵から出てきた雛は、すでに自分の親鳥を認識できていることになります。

雛が生まれてからの時期は最も危険の多い期間。夏と言っても冷え込む北極圏。雌は自身の翼の下に雛たちを覆い、寒さから庇護します。雛は孵化すると、半日ほどですぐに歩きだし、大人と同じような草や穀類を自身でついばむことができます。雛は両親の後をついて行くことが多く、天敵との遭遇も格段に増えます。地上営巣性の鳥の場合、親鳥が囮行動をとることが知られますが、マガンの雄も、巣や雛たちと逆方向に捕食者のキツネや猛禽を誘導する囮行動をとります。

家族の行動範囲が広がり、採餌のために川や湖沼を行き来するようになると、次第に個別に暮らしていた別のマガン家族たちと合流し始めます。こうして、いくつかの家族が集団となって、雛を合同で守り育てるスクラムを形成するようになります。まるで共同保育園のようにして、さまざまな危険から雛たちを守るわけです。このような習性は、同じマガン類でも潅木の多いタイガに営巣するオオヒシクイやカリガネなどには見られず、開けたツンドラに暮らすマガンや、同じくツンドラで子育てするヒシクイの二種のみに見られるもの。

こうして雛が孵化して3週間ほど経ったころ、季節は真夏を迎えて気温も15度近くとなり、多くの羽虫が発生します。すると、鳥の中ではかなり極端な植物食であるガン類は、親も雛もその羽虫たちを盛んに食べるようになります。これは、親たちは換羽の、雛たちも飛ぶための正羽の形成のために必要な角質組織を生成するためのケラチンを摂取する必要性からです。

こうして綿毛に覆われた雛たちの体から尾羽や風切羽などの羽軸のある大人の羽根が生え始め、顔立ちもガンらしく変わってきます。体重は孵化後1ヶ月で親と同等になり、羽ばたきの練習も始めるようになります。わずかな夏の間に、雛は若鳥へと成長するのです。

8月ごろには北極圏は早くも秋の気配が色濃くなりだします。コケモモやブルーベリーなどの甘い実がなり、それを盛んに食べて、冬に備えるようになります。そして親鳥たちはわたりに備えて今年生まれた子どもたちの飛行訓練を開始します。この時期、マガン親子たちの水面から飛び立つための特訓の様子が見られるようになるのです。

こうして、9月を迎える頃には、家族を形成していない身軽な若い個体や、この年の繁殖に失敗したつがいたちから南への渡りを開始します。当年生まれた子どもを持つ家族はしばらく北の繁殖地にとどまり、やがて三々五々と南へと飛び立ちます。


ガン、ハクチョウ、カモ、そしてアヒルとガチョウ……その違いとは?

ところで、同じ水鳥ということでガンとカモとは多くの人にはどこがどう、と区別がつきにくいのではないでしょうか。また、ガン類の中でも大型のヒシクイなどは、顔の形やスタイルなどがハクチョウに近く、やはり明確な違いがわかりにくいかと思います。

簡単に言うと、ガンもカモもハクチョウもカモ目カモ科に属する同じ仲間です。小型のものをカモ、より大型のものをガン、さらに大型で総じて羽が白いものをハクチョウと呼びます。

特にわかりにくいのはアヒルと白いガチョウでしょうか。ピータンを作るアヒルは鴨を家畜化したもの(さらに合鴨はアヒルとマガモをかけあわせたもの)、フォアグラで知られるガチョウはガンを家畜化したものです。スタイルも、アヒルはずんぐりしていて小柄、ガチョウは首も足も長めですらっとしていると覚えておくといいでしょう。

もちろん他にもさまざまな違いもあります。まずハクチョウ類はガンカモよりも脊柱骨が多く首が長い、体が大きい分水面から直接飛び立てず、助走を必要とします。

食性も違います。ハクチョウやガンはかなり強い植物食で、藻や水草、草や木の実・穀物などが主食です。ガンは特に嘴や舌に鋭いぎざぎざがあり、繊維質の強いイネ科の草なども難なく噛み切って食べてしまいます。一方カモは雑食性で、植物も食べますが昆虫や無脊椎動物などが大好物。そこで合鴨農法などで田んぼの害虫や柔らかい雑草を食べさせるわけですね。

そして、カモ類はペアを頻繁に入れ替える習性がありますが、ハクチョウやガンはつがいを形成すると終生添い遂げる性質があります。夫婦や仲間の絆も深く、渡りの際、誰かが傷ついてわたれなくなると、仲間につきそいそのまま渡りを中断した例が観察されています。中には、一度飛び立ったのに、気になって戻ってきた例もあるとか。

このように細やかでやさしい情をもつガンが、古くから日本人の情緒に訴え、好まれたことも当然かもしれませんね。宮沢賢治の「雁の童子」という不思議な童話では、雁は天神の化身として描かれています。

日本を去っていったガンたちは、秋の終わりごろにまた戻ってきます。その夏に生まれた子どもたちを伴って。まだ若い個体は嘴がやや黒っぽく、お腹のまだら模様がほとんどなく白っぽいお腹をしていますからすぐわかりますよ。

(参考サイト)

環境省・渡り鳥の飛来状況

ガンカモ類都道府県別種別集計数

シジュウカラガン 飛来数最多2677羽

雁の里親友の会・希少ガン類の復元計画

ヒシクイ

ヒシクイ

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