
ロッテで捕手として通算911試合に出場した袴田英利さんが、2月上旬に死去していたことが3月31日、分かった。69歳だった。
静岡出身の袴田さんは自動車工(現静岡北)から法大に進学。同大では「昭和の怪物」と呼ばれた江川卓氏とバッテリーを組むなど、東京6大学リーグでは5度の優勝を経験した。77年にドラフト1位でロッテに入団。堅実なリードが持ち味で「マサカリ投法」で知られる村田兆治さんとの名コンビとしても活躍した。長年チームを支え続け、兼任コーチだった90年、村田さんの引退試合でもバッテリーを組んだ。自身も引退を決意し、そろって最後の試合となったが、エースを引き立てて自らはセレモニーに立たず、13年の現役生活に終止符を打った。
引退後の91年からはロッテでバッテリーコーチやスカウト、14年からは西武でバッテリーコーチを務めるなど、選手育成に情熱を注いだ。22年に村田さんが他界した後、同氏によって提唱された、全国の離島の中学生が一堂に会してトーナメントを行う軟式野球の大会「離島甲子園」を受け継いだ。昨年7月には、長崎で行われた離島甲子園の記者発表で「村田さんの思いを継承して、離島球児に夢や希望を与え、離島地域の活性化に尽力していく」と村田さんの遺志を継ぐべく、元気な姿を見せていた。
◆袴田英利(はかまだ・ひでとし)1955年(昭30)8月13日、静岡市生まれ。静岡自動車工高から73年ドラフト3位でロッテに指名を受けるも、入団せず法大に進学。77年ドラフト1位でロッテ入団。82、85年球宴出場。87年盗塁阻止率リーグ1位。90年限りで引退。91~94、00~10年ロッテコーチ、14~15年西武コーチ。現役時代は174センチ、80キロ。右投げ右打ち。