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要旨
追加関税の90日間延期で、米国は景気後退をぎりぎりで回避できる見通し
米国のトランプ政権は、 4月2日に発表した相互関税措置について、4月9日に10%超の部分について90日間発動を延期すると表明しました。足元での米国国債市場における異常な動きや米国が景気後退に陥るという観測の強まりが今回の措置の背景とみられます。米国経済は、家計の所得環境の悪化は避けられないものの、今年中の景気後退をぎりぎりで回避すると予想されます。
グローバル市場の動揺を招きかねない4つのリスク要因
今後のグローバル金融市場が動揺するリスク要因として、①米中貿易戦争の行方、②米国の貿易相手国による報復措置、特にEU(欧州連合)による米国への報復措置の動き、➂米国の景気指標、④米国のインフレ指標―を挙げたいと思います。
次の注目点は?
グローバル金融市場では、まだ不透明感が晴れない展開が想定されます。そうした中で、今後、以下の3つのポイントのそれぞれが市場の不透明感の緩和につながり、資産価格上昇のきっかけになる可能性が注目されます。
① 報復措置・再報復措置の連鎖が止まること
② FRBが利下げ継続のシグナルを出すこと
➂ 主要国との「ディール」締結に向けての動きが強まること
追加関税の90日間延期で、米国は景気後退をぎりぎりで回避できる見通し
米国のトランプ政権は、 4月2日に発表した相互関税措置について、4月9日に10%超の部分について90日間発動を延期すると表明しました。トランプ大統領の政策方針転換はSNSを通じて行われたことから、この政策変更が金融市場の変化をうけて急遽決定されたことがうかがわれます。方針転換の背景として以下の2点を挙げたいと思います。相互関税発動延期の背景としては、第1に、米国の長期国債金利が急騰していた点が重要です。米10年国債金利は、4月2日の相互関税発表時点では4.2%程度の水準にありましたが、相互関税の発表後数日で3.9%台まで低下しました。これは、景気悪化についての見通しを受けた、合理的な動きであったと言えますが、トラン大統領が4月7日に対中での50%の追加関税措置を公表した後、逆に長期国債金利が上昇に転じ、4月9日の午前中には4.5%へと急騰しました。米10年国債のブレイクイーブン率は若干上昇するにとどまっていたことから、米国の長期金利の上昇は実質金利の上昇によるものでした。この金利上昇は、国債需給の変化を反映したものであったと考えられます。金融市場の一部では、これが中国勢による米国国債の売却によるとの見方があります。しかし、どのような理由であるにせよ、米長期国債金利の上昇は、米国市場において全ての主要金融資産クラスで価格が下落していることを意味します。別の言い方をすれば、金融市場が、投資家がキャッシュ(現金)以外に逃げ場がないような、極めて不安定な危機的状況になったと言えます。ここでトランプ政権は、相互関税を90日間延期する措置を発表し、米10年国債金利は4月9日の午後には4.3%近辺まで落ち着くことになりました。いったんは危機が回避されましたが、今後同様のも問題が生じる場合には、FRBは量的引き締め政策を緩和して、米長期債を大量に買い入れる政策が採用される可能性があります。
相互関税延期のもう一つの背景としては、相互関税をフルに発動する場合、米国経済が景気後退に陥る可能性が高いとの見方が台頭したことがあると思われます。振り返ってみると、民間消費がGDPの約7割を占める米国では、家計の総賃金が実質ベースで大きく上昇してきたことが、景気を強力に支えてきました。米国の実質総賃金の前年比伸び率は2024年において2.2%を記録しましたが、一定の前提を置いて推計すると、2025年1-3月期においても2.1%という高めの水準を維持しました。しかし、これまでのトランプ政権が発表した追加関税措置をフルに発動すると、米国の実効関税率は30%ポイント程度上昇するとみられ、これによるインフレ押上げ効果は3%ポイント程度と見込まれます。米国への輸出業者や輸入業者が関税の一部を負担すると仮定しても、2月に2.5%であったPCEデフレータ上昇率(前年同月比、以下同様とします)は今年後半には4%程度まで上昇する可能性が高いとみられます。この場合、10-12月期には実質総賃金増加率が前年比でマイナスになるはずです(図表1の「リスクシナリオ」⦅浅い景気後退⦆をご覧ください)。こうした状況が視野に入ることで、米国消費者のマインドはこれまで以上に冷え込み、株価下落などによる負の資産効果も顕在化することから、民間消費が前年比でマイナスになるのは避けがたいと考えられます。また、米国企業は消費の大幅な減速を見越して設備投資計画を縮小するとみられます。さらに、追加関税措置によってグローバル景気が悪化するとみられることも、米国にとっては逆風になります。経済活動の停滞によって、米国の実質GDP成長率は早ければ4-6月期からマイナス圏に入り、7-9月期から10-12月期にかけて景気が停滞し、浅めの景気後退局面に入る可能性が高いと見込まれます。景気後退が長引けば2026年11月に実施される中間選挙で共和党が上下両院の多数党の座から転落するリスクが高くなります。これはトランプ政権としては受け入れがたいシナリオです。
4月9日の措置では、追加関税が多くの国に対して90日間延期されることになりましたが、中国に対しては、詳細は未公表ながら、相互関税を含めた追加関税率が125%に引き上げられることになりました。これまでに、104%への引き上げが実施されていましたが、中国側の報復措置への対抗という観点からさらに引き上げられました。両方の措置と、多くの国・地域が米国との間で「ディール」を締結して追加関税率を軽減するであろう点を勘案すると、トランプ政権成立前と比べた米国の実効関税率の上昇幅は20%台後半になるとみられ、米国のPCEデフレーター上昇率は10-12月期に3.5%程度まで加速する可能性が高いと見込まれます。このメインシナリオ下では、米国の実質総賃金上昇率は大きく低下するものの、前年比でなんとかプラスの伸びを確保し、米国経済は、今年中の景気後退をぎりぎりで回避すると予想されます(図表1の「メインシナリオ」に該当します)。
4月9日の措置を受けた新しいシナリオでは、景気悪化に対する米国の政策対応の軸は金融政策となります。現時点では期待インフレ率の上昇を懸念して利下げとは距離を置いているFRB(米連邦準備理事会)は、6月から利下げを再開し、年内には合計で3回の利下げを実施すると見込まれます(1回の利下げを0.25%としています)。トランプ政権の財政政策は、連邦政府の人員削減を推進するなど、現時点では緊縮的な政策が実施されています。しかし、景気悪化が現実化する場合、緊縮的な政策は停止される可能性が高いとみられます。共和党内では、関税による歳入の増加の一部を今後実施する減税の原資にするとの考え方もあります。ただ、財政政策が積極化するとしても、その実施は早くても年末ごろになりそうです。
今年後半の米国景気を考える上でもう一つの重要な要素が、貿易相手国との「ディール」です。日本を含めて多くの国が米国との通商交渉を行いつつあり、追加関税の軽減を図っています。米国政府は、ディールを締結することで、①相手国の米国からの輸入の増加、②相手国から米国向けの直接投資を増やすことで相手国からの米国向けの輸出の抑制―を目指しているとみられます。米国が中国からの報復措置に対して、中国向けにさらに高率の追加関税を発動したことで、多くの貿易相手国が対抗措置をあきらめ、「ディール」に向けての歩みを進めると考えられます。追加関税率が引き下げられれば、米国のインフレを抑制する効果が得られます。諸外国とのディールによる米国経済へのプラス効果は早ければ年後半に顕在化すると予想されます。
他方、情勢が極めて不透明な中、主要国とのディールの締結が遅れるだけではなく、追加関税によるコストの多くが米国の消費者に転嫁されるリスクには注意が必要です。この場合、2025年10-12月期のPCEデフレーター上昇率は5%程度に達し、米国の実質総賃金の上昇率は前年同期比でマイナス2%程度にまで悪化するとみらます(図表1の「リスクシナリオ」⦅深い景気後退⦆をご覧ください)。こうなると、米国景気が深い後退局面に入る公算が大きくなります。このケースでは、FRBはメインシナリオにおける想定を大きく上回る利下げを実施する可能性が高いと考えられます。
グローバル市場の動揺を招きかねない4つのリスク要因
トランプ政権の相互関税延期によってグローバル金融市場では安堵感が広がっていますが、まだ注意を怠ることはできません。今後、グローバル金融市場がさらに動揺するリスク要因として次の4つに注意したいと思います。第1は、米中関係が貿易戦争と呼べるほど緊張した状態になった点です。今後の報復措置の内容によっては、中国へのエクスポージャーの大きい企業の株価や社債などには今後さらにダウンサイドの動きが出てくる可能性があるほか、より広範な悪影響が及ぶ可能性が高まります。第2は、米国の貿易相手国による報復措置、特にEU(欧州連合)による米国への報復措置の動きです。EUは報復措置を準備中と伝えられていますが、これが発表されば、欧米だけではなく、グローバル景気の下押し要因になることで、グローバル金融市場におけるさらなる動揺をもたらすリスクがあります。第3は、米国の景気指標です。追加関税による直接的な米国経済への悪影響は各種の経済統計にはすぐには出てこないと思われます。そのような状況下、今後、景気の大幅な悪化を示す景気指標が公表される場合は、米国景気の先行きについての悲観論が強まり、金融市場が動揺する可能性があります。第4は米国のインフレ指標です。米国景気は下降局面にあることから、短期的には落ち着いたインフレ指標が公表される可能性が高いと考えられます。そうした中でインフレ指標が上振れるような場合には、FRBの利下げが遠のくという懸念を呼び、金融市場の動揺をたらすリスクがあります。
次の注目点は?
グローバル金融市場、特に株式市場では、まだ不透明感が晴れない展開が想定されます。そうした中で、今後、以下の3つのポイントのそれぞれが市場の不透明感の緩和につながり、資産価格上昇のきっかけになる可能性が注目されます。
① 報復措置・再報復措置の連鎖が止まること
② FRBが利下げ継続のシグナルを出すこと
③ 主要国との「ディール」締結に向けての動きが強まること
①米国の主要貿易相手国による報復措置と、それに対する米国側の再報復措置の連鎖が止まれば、追加関税に関連した悪材料が出尽くしたとの見方が広がる可能性があります。
②FRBは現時点では利下げには距離を置いています。これは、消費者や企業が有する中長期のインフレ期待が追加関税によって大きく上昇してしまうと、2021年から2022年にかけてみられたような高インフレの状況が再現されかねないとの意識に基づくものと思われます。しかし、米国景気の悪化がはっきりとしてくるタイミングで、FRBはスタンスを変更する可能性が高いとみられます。金融市場がそのシグナルを得られれば株式市場の前向きの動きにつながる可能性が大きく高まります。
③先にふれたように、主要国とのディールの締結は米国によってメリットが大きいと考えられます。米国の、欧州を含む主要国とのディールの締結に向けて交渉が進展する状況になれば金融市場の安心感を醸成する可能性があります。
木下 智夫
グローバル・マーケット・ ストラテジスト
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MC2025-038
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