似て非なる酵素が糖鎖を作り分ける仕組みを解明
2022年8月23日
似て非なる酵素が糖鎖を作り分ける仕組みを解明 ~2種類の酵素が別々のタンパク質に同じ糖鎖を合成する~
【本研究のポイント】
・2つの酵素(GnT-IVaとGnT-IVb)は、タンパク質上に同じ形の糖鎖を作り、同じ働きをすると考えられてきた。
・2つの酵素は、それぞれ糖鎖と結合する部分(レクチンドメイン)を持ち、この部分の違いにより、それぞれ別のタンパク質に糖鎖をつけることを明らかにした。
・タンパク質の上に糖鎖が作られる仕組みの解明や、糖尿病の病態解明への応用が期待できる。
【研究概要】
国立大学法人東海国立大学機構岐 阜大学糖鎖生命コア研究所(iGCORE)の木塚康彦教授、自然科学技術研究科1年の長田菜緒子さんらの研究グループは、大阪大学、広島大学との共同研究で、糖尿病などに関わる2つの類似した糖鎖合成酵素GnT-IVaとGnT-IVbが異なる働きを持つことを発見しました。GnT-IVaとIVbは、タンパク質の上の糖鎖に枝分かれ構造を作る酵素で、これまでほとんど同じ働きを持つと考えられてきましたが、本研究により、この2つの酵素が異なるタンパク質の上に糖鎖を作ることが明らかになりました。
これまで、多くの糖鎖合成酵素については、糖鎖をつけるタンパク質を選ぶ仕組みがほとんど明らかにされていませんでした。本研究は、様々なタンパク質の上に複雑な糖鎖が作られる仕組みの解明に重要な知見を与えるとともに、糖尿病などの病態解明や治療法開発にも役立つことが期待されます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202208235367-O4-thtQhL8U】
本研究成果は、2022年8月18日にJournal of Biological Chemistry誌のオンライン版で発表されました。
【研究背景】
糖鎖 1)とは、グルコースなどの糖(動物では約10種類の糖が存在)が枝分かれしながら鎖状につながったもので、多くはタンパク質や脂質などに結合した状態で存在しています。動物では、体内の半数以上のタンパク質に糖鎖がついています。タンパク質についている糖鎖には様々な形のものがあり、タンパク質ごとに形が異なることや、同じタンパク質でも、健康なときと病気のときとで糖鎖の形が変化することが知られています。こうした疾患特異的な糖鎖の変化は、実際に医療の現場でがんの診断などに使われています。また、特定の糖鎖が、糖尿病、がん、アルツハイマー病など様々な疾患の発症や進行に重要な役割を果たすことから、糖鎖を標的とした新たな治療薬の開発が期待されています。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202208235367-O5-1XCU7qb3】
タンパク質につく糖鎖は、細胞の中で糖転移酵素 2)(糖鎖合成酵素)と呼ばれる酵素の働きによって作られます。180種類ほど存在しているヒトの糖転移酵素のうち、GnT-IVaとGnT-IVb 3)は、細胞の中で、タンパク質についたN型糖鎖4)と呼ばれる糖鎖に作用し、糖鎖の枝分かれ構造を作ります(図1)。GnT-IVaが作る糖鎖の枝分かれ構造は、以前の研究で糖尿病の発症・進行と深い関係があることがわかっています。GnT-IVaは血糖調節に重要な膵臓に多く存在し、GnT-IVaを欠損させたマウスは高血糖やインスリン分泌不全などの糖尿病様の症状を示します。一方、GnT-IVbは、試験管の中ではGnT-IVaと同じ糖鎖枝分かれ構造を作ることがわかっており、GnT-IVaと同じ働きを持つと考えられてきました。しかしGnT-IVbの欠損マウスは糖尿病様症状を示さず、またGnT-IVbは膵臓以外の臓器にも存在していることから、これら2つの酵素は生体内では異なる働きを持つ可能性があります。
このように、GnT-IVaの生体での機能や、GnT-IVaとIVbが作る糖鎖の構造が明らかになりつつある一方で、これら2つの酵素がどのようなタンパク質の上に糖鎖を作るのかについてはよくわかっていませんでした。一般に、糖転移酵素については、糖鎖自体に対する作用に関する研究はこれまで進んできましたが、どのタンパク質に糖鎖をつけるか、というタンパク質の選択性についてはほとんどわかっていません。このような背景を踏まえ、木塚教授らは、タンパク質の選択性に着目して、これら2つの酵素の働きの違いを明らかにする研究に取り組みました。
【 研究成果】
木塚教授らは、まずGnT-IVaとIVbが細胞内でどのようなタンパク質の糖鎖を修飾するのかを調べるため、これらの酵素を細胞に導入して、タンパク質の上の糖鎖を調べました(図2)。DSA(Datura stramonium agglutinin)というレクチン 5)を用いると、GnT-IVaやIVbがタンパク質の上に作る糖鎖を検出することができます。実際に、GnT-IVaおよびGnT-IVbの2つを欠損させて、GnT-IVが作る糖鎖を完全になくした細胞(KO細胞)のタンパク質では、DSAとの反応性が大きく低下しており(図2B、左から2レーン目)、この方法でGnT-IVaやIVbが細胞内で作る糖鎖を検出することができます。このKO細胞に、GnT-IVaまたはIVbを発現させた結果、GnT-IVaとIVbのどちらを発現させてもDSAとの反応性が増加し、さらにIVaとIVbでは、DSAと反応しているタンパク質が一部異なることがわかりました(図2B、3レーン目と4レーン目)。このことから、GnT-IVaとGnT-IVbは、細胞内で異なるタンパク質に作用しており、異なる機能を発揮していると考えられました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202208235367-O6-f66rbDW0】
次に、GnT-IVaとIVbが本当に異なるタンパク質に作用するかを調べるため、様々な基質 6)(糖鎖1種類、糖タンパク質6種類)を用いて、これらに対するGnT-IVaとIVbの酵素活性を測定しました。その結果、糖鎖のみの基質に対しては、GnT-IVaの方がGnT-IVbよりも高い活性を示し、それは過去の研究結果と一致していました。一方、様々な糖タンパク質を用いると、GnT-IVaもIVbも、タンパク質ごとに活性が大きく異なることがわかりました(図3)。具体的には、GnT-IVaはTransferrin、Haptoglobin、α1antitrypsinなどのタンパク質に対する活性が大きいことがわかりました。一方GnT-IVbは、調べた全てのタンパク質に対して、糖鎖よりも活性が高いことから、GnT-IVbは糖鎖だけよりも糖タンパク質を基質として好むことがわかりました。さらに、GnT-IVbの活性は、α1AGPとHaptoglobinに対して高く、GnT-IVaが働きやすいタンパク質とは種類が異なっていました。これらのことから、GnT-IVaとGnT-IVbでは、実際に異なるタンパク質の上に糖鎖をつけることがわかりました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202208235367-O7-q4jWIjsY】
次に、このGnT-IVaとIVbのタンパク質基質に対する好みの違いのメカニズムを明らかにすることを試みました。GnT-IVaとIVbは、木塚教授らが最近発見したレクチンドメイン 7)という特有の領域を分子の中に持っています。このレクチンドメインは、それ自身は糖鎖を作る活性を持ちませんが、触媒 8)ドメインと呼ばれる隣の領域が糖鎖を作るのを助ける働きがあることがわかっています(https://igcore.thers.ac.jp/wp_control/wp-content/uploads/79e08b70c6b99f0115ad4429a1b80905-2.pdf)。しかし、このレクチンドメインがどのように触媒ドメインの酵素活性を助けているかという仕組みはわかっていません。木塚教授らは、GnT-IVaやIVbのレクチンドメインが、糖鎖をつけるタンパク質を選ぶのに重要な役割を果たすのではないかと仮説を立てました。
GnT-IVaとGnT-IVbのレクチンドメインはとてもよく似たアミノ酸配列 9)をしており、GnT-IVaのレクチンドメインは立体構造もわかっています(図4A、IVaとIVbで共通の部分は赤色で示されている)。このレクチンドメインの中で、IVaとIVbとで異なるアミノ酸を2ヶ所見つけました(図4A、Q440およびH397、それぞれGnT-IVbではI456とF413に相当)。この2ヶ所について、それぞれGnT-IVaと同じ配列に変えたGnT-IVb(F413HおよびI456Q)を作り、それらの酵素活性を測りました。その結果、F413をHに変えた酵素では、糖鎖に対する活性はほとんど変化はありませんでしたが、一部のタンパク質(Transferrin、Haptoglobin、α1antitrypsin)に対する活性が上昇していました(図4B)。しかも、活性が上昇したこれらのタンパク質は、GnT-IVaが基質として好むタンパク質と一致していました。つまり、GnT-IVbのレクチンドメインの配列を1ヶ所GnT-IVaのものに変えると、GnT-IVaが好むタンパク質に働きやすくなったと言えます。このことから、GnT-IVaとGnT-IVbがタンパク質の上の糖鎖を作るとき、どのタンパク質に作用するかをレクチンドメインが制御していることがわかりました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202208235367-O8-Bq3Tzafx】
以上より、これまで機能が同じと考えられてきた糖転移酵素GnT-IVaとGnT-IVbは、それぞれ固有の機能を持っており、異なるタンパク質に対して糖鎖を作ることがわかりました。さらに、そのタンパク質選択性の決定には、GnT-IVaやIVbに特有のレクチンドメインが重要な役割を果たすことが明らかになりました。
【今後の展開】
本研究により、GnT-IVaとGnT-IVbというよく似た糖転移酵素が異なる機能を持つことが明らかになりました。糖転移酵素の中には、同様に、類似した配列と性質を持つ酵素群(ファミリー 10))が多く存在していることが知られています。しかし、同じファミリーの中の個々の酵素に機能の違いがあるかどうかについてはあまりよくわかっていません。特に、これまで糖転移酵素については糖鎖に対する作用の研究が中心だったため、タンパク質部分への作用の違いについての知見はあまりありません。本研究が引き金となり、今後同じファミリーに属する個々の糖転移酵素のタンパク質選択性についての研究が進むと期待されます。またGnT-IVaは、糖尿病患者でその量が低下することや、GnT-IVaを欠損したマウスは糖尿病様症状を示すことが知られています。今後、GnT-IVaとIVbが働くメカニズムをさらに明らかにし、これらの酵素の活性を制御する技術を開発することで、糖尿病などの疾患の新たな治療戦略へ結びつくことが期待されます。
【論文情報】
雑誌名:Journal of Biological Chemistry
タイトル:Examination of differential glycoprotein preferences of N-acetylglucosaminyltransferase-IV isozymes a and b
著者:Naoko Osada, Masamichi Nagae, Miyako Nakano, and Yasuhiko Kizuka
DOI番号:10.1016/j.jbc.2022.102400
論文公開URL:https://www.jbc.org/article/S0021-9258(22)00843-2/fulltext
【用語解説】
1)糖鎖:グルコース(ブドウ糖)などの糖が鎖状につながった物質。遊離の状態で存在するものもあれば、タンパク質や脂質に結合した状態のものもある。デンプン、グリコーゲンなどの多糖は数多くの糖がつながり、糖鎖だけで遊離の状態で存在する。一方タンパク質に結合したものは、数個から20個程度の糖がつながったものが多い。糖鎖が結合したタンパク質を糖タンパク質と呼ぶ。
2)糖転移酵素:糖鎖を合成する酵素のことで、ヒトでは180種類程度存在することが知られている。主に、細胞の中のゴルジ体と呼ばれる小器官に存在している。
3)GnT-IVa, GnT-IVb:糖鎖を合成する酵素(糖転移酵素)の一つで、細胞の中に存在し、β1,4分岐という糖鎖の枝分かれ構造を作る。GnT-IVaとIVbはアミノ酸配列の類似性が高く、性質が非常によく似ている。
4)N型糖鎖:タンパク質につく糖鎖の種類の1つで、タンパク質のアスパラギン残基(アミノ酸の1文字表記でN)に結合している。ヒトでは7,000種類以上のタンパク質がN型糖鎖を持つと考えられている。
5)レクチン:様々な糖鎖や糖と選択的に結合するタンパク質の総称。糖鎖と結合するタンパク質であっても、抗体はレクチンに含まれない。ヒトの体内のレクチンは、先天性免疫などに重要な役割を果たす。植物などから精製したレクチンが、糖鎖を検出する試薬として研究に用いられる。
6)基質:化学反応における出発物質のこと。反対に、化学反応の結果できるものを生成物と言う。酵素は、自身が触媒する反応において、特定の構造を持った基質を厳密に認識することから、基質と酵素は鍵と鍵穴の関係に例えられる。
7)ドメイン:タンパク質の構造の一部のうち、他の部分とは独立して折り畳まれた領域のこと。一般にタンパク質は複数のドメインからなる。
8)触媒:化学反応の速度を高める物質のこと。触媒自身は反応前後では変化しない。酵素は生体内の様々な反応を触媒するタンパク質である。
9)アミノ酸配列:タンパク質を構成する20種類のアミノ酸がどのような順番でつながっているかという情報。
10)ファミリー:タンパク質や遺伝子について、相同性が高いものをまとめたグループ。一つのファミリーの中のタンパク質や遺伝子は、共通の祖先となる遺伝子から進化の過程で発生したと考えられている。GnT-IVはファミリーを形成しており、IVaとIVbは高い相同性を持っている。
【研究者情報】
木塚 康彦(きづか やすひこ):論文責任著者
岐阜大学糖鎖生命コア研究所糖鎖分子科学研究センター 教授(センター長)
長田 菜緒子(おさだ なおこ):論文筆頭著者
岐阜大学大学院自然科学技術研究科 1年生
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