カタツムリの「しっぽ切り」が教えてくれること:捕食圧と自切の防御効果を野外で定量する新しい手法の開発
学校法人 武蔵野美術大学
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202010266182-O1-eyY8UdC3】
プレス発表資料 PRESS RELEASE
カタツムリの「しっぽ切り」が教えてくれること: 捕食圧と自切の防御効果を野外で定量する新しい手法の開発
<概要>
武蔵野美術大学教養文化・学芸員課程研究室の細将貴准教授、統計数理研究所の島谷健一郎准教授の研究グループは、野生動物における、特定の天敵からの捕食圧の大きさと、その捕食圧に対する自切の防御効果を定量する手法を開発しました。西表島と石垣島に生息し、イワサキセダカヘビという天敵の襲撃に対して「しっぽ(腹足の先端部)」の自切で防御するイッシキマイマイというカタツムリに本手法を適用したところ、このヘビとの遭遇確率が月間3.3% (95%信用区間: 1.6%–4.9%)、成熟までの死因に占めるヘビの捕食による死亡が43.3% (15.0%–95.3%)、自切能力によって上乗せされている適応度(※1)が6.5% (2.7%–11.5%)と、それぞれ見積もられました。本研究成果は、アメリカの進化生物学・生態学の専門誌The American Naturalistにオンライン掲載されました。
<背景>
動物は、野外では何が理由で死んでいるのでしょうか。巧みな擬態や頑丈な殻といった防御形質は、天敵から身を守るのに、どの程度役に立っているのでしょうか。こうした素朴な問いに答えることは、実のところ容易ではありません。人間や家畜、栽培植物であれば、非常に多くの個体をその生涯にわたって追跡できるので、たとえば感染症が死因の何%を占めているとか、どの品種では特定の病害による死亡率が何%低いとか、そういった推定が可能です。しかし、野生動物では、死んだ個体の死因をひとつひとつ調べていくことや、「かつて死なずに済んだ理由」を知ることは現実的ではありません。多くの場合、死体は速やかに消失し、死因に関する情報は消えてなくなります。ましてや成功した防御の記録は、どこにも残りません。
ただし一部の動物では、天敵から襲撃を受けながらも生き残ったことを示す痕跡が、しばしば外見に残されます。修復された貝類の殻や、欠けたチョウの翅、生え変わったトカゲの尾などがそうで、これらは特定の天敵からの襲撃を防御することに成功した証拠とみなすことができます。では、こうした被食痕をもつ個体が多いなら、そこでは特定の天敵からの捕食圧が高い、などと結論することができるのでしょうか。話はそう単純ではありません。たとえば、被食痕をもつ個体がまったくいない場合には、天敵との遭遇が起きておらず、捕食圧がかかっていないという可能性と、天敵の殺傷能力が優れており、襲撃された個体は防御の甲斐なくすべて死亡しているという可能性の両方が考えられます。また、痕跡を残すことのない天敵による死亡や、被食以外の要因による死亡も、被食痕をもつ個体の割合に影響します。被食痕の生成とは無関係な死因の割合が仮に高まると、生存個体に占める、被食痕をもつ個体の割合が必然的に高まることになるからです。特定の天敵との遭遇頻度、その殺傷能力、および他の死因という、推定の難しい3つの要素が複雑に関連してくることから、被食痕をもつ個体の存在は、天敵と獲物の関係を量的にひもとく上で有用なものとはあまり考えられてきませんでした。
<内容>
そこで本研究では、標識再捕獲法(※2)による野外調査と室内での捕食実験で得られたデータ群を階層モデル(※3)によって統合し、獲物の外見に被食痕を残す特定の天敵との遭遇頻度や、全死因に占めるその天敵の捕食による死亡の割合を推定する手法を開発しました。手法を適用した具体的な研究対象は、西表島と石垣島に生息しているイッシキマイマイというカタツムリです。本種は、天敵のイワサキセダカヘビからの襲撃に対して、変形した殻形態(図1)や、「しっぽ(腹足の先端部)」の自切(図2)による防御をおこなうことが知られていました (Hoso &Hori 2008, Am Nat.;Hoso 2012, Proc R. Soc. B) 。本研究では、以前におこなった100回におよぶ捕食行動実験と、3年間にわたって実施された延べ2000個体以上を対象とした標識再捕獲調査(図3)から得られたデータを階層モデルによって統合し、基礎的な生活史パラメーターと自切行動に関するパラメーター、および再捕獲作業に関わるパラメーターの推定をおこないました。そして、推定されたパラメーターを用いたシミュレーションによって本種の生命表を構築し、生活史を詳細に推定しました(図4)。さらに、自切能力がない場合の生活史をシミュレーションすることにより、自切能力の獲得が適応度の向上にどの程度貢献したのかを算出しました。とくに重要な推定結果として、このヘビとの遭遇確率が月間3.3% (95%信用区間: 1.6%–4.9%)、成熟までの死因に占めるヘビの捕食による死亡が43.3% (15.0%–95.3%)、自切能力によって上乗せされている適応度が6.5% (2.7%–11.5%)と、それぞれ見積もられました。
以上のことから、イッシキマイマイはイワサキセダカヘビから強い捕食圧を受けており、本種が自切行動や殻形態の変形によってその襲撃を専門的に防いでいることには合理性があると考えられました。対ヘビ防御の効果があると思われる殻形態の変形はイッシキマイマイの近縁種にも知られており、これらのヘビとカタツムリの間には、先祖代々、緊密な捕食・被食関係があったものと推測されます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202010266182-O2-0qYp3F5F】
図1.イッシキマイマイの成貝に特有の、殻形態の変形(矢印)。これにより、自切することなくイワサキセダカヘビの襲撃から身を守ることができる (Hoso &Hori 2008, Am. Nat.)
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図2.再生した腹足をもつイッシキマイマイ。再生部位は色が淡く、無傷のものと容易に区別することができる (Hoso 2012, Proc. R. Soc. B)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202010266182-O4-3U7H8H3h】
図 3.再生途中の腹足をもつイッシキマイマイ。殻に番号標識が施されている。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202010266182-O5-o7Z347IT】
図4.(a) シミュレーションによって推定された、イッシキマイマイの平均的な生命表。(b) 死因内訳の月齢ごとの変化。成長して自切行動や殻形態による防御が可能になると、ヘビの捕食による死亡の割合が低下する。色の薄い領域は95%信用区間を示す。
<今後の期待>
動物は、複雑な生態系の中で自由生活をしていることが普通です。そのため、動物同士の相互作用は直接観察することが困難です。本手法をさまざまに応用することにより、これまでは見えてこなかった天敵と獲物の関係が、より定量的に明らかにされることが期待されます。
<用語解説>
※1 適応度・・・生物の生存や繁殖における有利さの指標。集団内における個体数の増殖率への寄与などによって定義されるのこと。
※2 標識再捕獲法・・・野外において一部の個体を生け捕りにして標識をつけて放し、その後再度捕獲することによって、その集団に関する様々な情報を得る手法のこと。
※3 階層モデル・・・観測データを生成するプロセスが明示的に階層化された統計モデルのこと。
<発表論文>
掲載誌:The American Naturalist
タイトル:Life-History Modeling Reveals the Ecological and Evolutionary Significance of Autotomy
著者:Masaki Hoso, Ichiro K. Shimatani.
DOI: https://doi.org/10.1086/711311
URL: https://www.journals.uchicago.edu/doi/pdf/10.1086/711311
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