会計事務所で遺言書の作成のお手伝いをしていた時の話です。
事務所に相談にみえるのは、たいがい作成する本人ではなく、推定相続人(相続人となる予定の人)とか、そのご家族の人が相談にみえます。
「お父様はどんな事情で遺言書を書こうとされているのか」とまずはそのあたりの聞き取りとなります。
「現在、居住している土地が親名義で、将来そこに住み続けられるか不安」といった明確な事情のある方や「親は動けませんので、とりあえず依頼に来ました」などさまざまです。
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誰のための遺言
確かに遺言書は、残された人たちの相続手続きが円満にいくように作成するものですが、作成するのは、遺言者自身つまり財産を渡す側であり、受ける側ではありません。
受ける方は配偶者であり、子供たちであり、多くは複数です。
そのため相続人一人だけのことを思って作る遺言書は、後日の争族となりかねません。
何故なら、遺産分割でもめる原因はきょうだい格差であることが多いからです。
本人はどう考えているのか
一人の推定相続人が、遺言書を作成したいと思いっていても、肝心の遺言者が作成する気持ちがなかったのでは、作成できません。
また、意思能力の問題もあります。
筆者は、遺産分割の相談を受ける時、気を付けていたことがあります。
一人の相続人さんから事情を聴き、それを熱く語られる場合こそ他の相続人のお話を同様に聴くようにしました。
少なくとも、他人の筆者が「どちらが正しいか」を決めつけるべきでないと思うのです。
大切なのは、相続をきっかけに相続人全員が幸せになる方法を考えることです。
まずは、ご本人の、お気持ちをじっくり聞くことから始まります。
自宅を生前贈与で取得したい
という相談がありました。
確かに相続時精算課課税というのを使えば2,500万円までは贈与税はかかりません。
ただし、相続時精算課税で贈与分した財産は、原則、遺産に加算した上で計算され、相続税で精算されます。
また、民法上も不動産の贈与は、特別受益として一般的には遺産の範囲に含まれることになります。
かえって争族の原因になりかねません。
遺言書の作成があれば
遺言書で指定してあれば、不動産を取得することはできます。
遺留分は法定割合の半分となりますので、「だから遺言書は作成すべき」と実のところ、筆者は、言いませんでした。
何故なら、次男さんは、親の面倒を見てくれた長男さんが、自宅を取得することに異論がなく、また自身の相続分を100%要求する気がないのかもしれないのです。
それは多くのリアル相続を見てきた筆者の意見です。
当方が作成した遺産分割では、ぎちぎちに法定割合とする方が事実上レアでした。
もちろんどちらが正しかは別の話ですが。
次男さんの気持ち
次男さんは相続が発生した時に、「親のことは兄に任せ、自由にやらせてもらったから、相続は放棄するよ」と言いたかったかもしれないのです。
このように自分から譲るなら納得できますが、親が遺言で「あげない」と書いたのでは、面白いはずはありません。
反対に、遺留分で争うことになりかねません。
遺言書は、万が一の担保として
相続が発生してから、まずは他の相続人に「遺産分割についてどのように考えているのか」聞いてみることです。
相続人全員でまとまりそうなら、遺言書通りに分けなくてもいいのです。
分割協議書に、遺言書の存在を記載した上で、「相続人全員で○○と分割することに決めました」と記載すればいいのです。
逆に、他の相続人に遺言書ありきで進めてしまうと、反感を買ってしまいます。
遺産分割で大切なことは、他の相続人さんの立場で一度考えてみることが、円満相続の秘訣です。(執筆者:FP1級、相続一筋20年 橋本 玄也)
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