窪田製薬HD Research Memo(3):各開発品目に大きな進捗はないが開発は着実に進んでいる(1)
窪田製薬ホールディングス<4596>の現在の開発パイプラインは、エミクススタト、ラノステロール、オプトジェネティクス、バイオミメティック技術の4品目となっており、2016年12月期の第3四半期(2016年7月−9月)において、各開発品目に大きな進捗は見られなかったものの開発は着実に進んでいる。各開発品目の概要と今後の開発スケジュールは以下のとおりとなる。
(1)エミクススタト
エミクススタトについては、地図状萎縮を伴うドライ型加齢黄斑変性に対する開発が終了したものの、臨床試験の結果から、視覚サイクルを制御する網膜内の異性化酵素であるRPE65の働きを阻害することが確認されており、RPE65の働きを阻害することによって治療効果が期待される疾病での研究開発を進めている。具体的には、増殖糖尿病網膜症や希少疾患であるスターガルト病での開発を進めていく。また、加齢黄斑変性についても、RPE65の働きを阻害することで網膜内の有害物質の蓄積を軽減できることから、中期段階での治療薬候補(病変の進行を抑制する治療薬)としての開発の可能性を今後、検証していくことにしている。
a)増殖糖尿病網膜症
糖尿病網膜症は糖尿病の3大合併症の1つで、患者数は2015年に全世界で1億500万人と推計されており、糖尿病患者数の25%以上に相当する。国別で見ると、米国で約1,038万人、ユーロ圏で約1,124万人、日本で約286万人が罹患しており、2020年までに全世界で年率2.3%のペースで患者数が増加すると予測されている※。また、糖尿病網膜症を発症した患者の10%以下が失明につながる重症ステージまで症状が進行し、日本では中高年の失明原因の2位にもなっている主要疾病となっている。
※Market Scope, The Global Retinal Pharmaceuticals & Biologic Market, 2015
糖尿病網膜症とは、慢性的な高血糖により網膜内の血液の流れが悪くなることで、毛細血管瘤を引き起こし、血管新生や眼底出血によって視力が低下していくもので、病態は日常生活に支障を来さない非増殖期から増殖期(新生血管の発現・増殖)と段階を経て進行し、最終的に失明に至る疾患である。また、糖尿病網膜症の合併症で、網膜内の血管から水分が漏れ出ることで黄斑に浮腫を引き起こす糖尿病黄斑浮腫は視力への影響も大きい。
治療法としては、非増殖期は経過観察が一般的となっている。増殖糖尿病網膜症と診断された場合は、レーザーによる網膜光凝固術や硝子体手術のほか、抗VEGF薬(新生血管の増殖・成長抑制剤)の眼内注射投与が、また、糖尿病黄斑浮腫では抗VEGF薬やステロイド剤の眼内注射投与、あるいは硝子体手術などが行われている。ただ、いずれの治療法も侵襲的な治療法であり、視力低下を引き起こす副作用のリスク(白内障や感染症、網膜合併症等)があるなど十分な治療法とは言えない状況にある。同社が開発を進めているエミクススタトは経口薬であるため、低侵襲性で患者の身体的負担も少なく、副作用についても一時的に軽度な夜盲症や色視症となるケースが臨床試験であったものの、予後の影響はなく、開発に成功すれば同疾患に対する治療法を大きく変革する可能性がある。
同社ではエミクススタトが動物モデルにおいて血管新生を抑制する効果があることを確認しており、最初は重度の増殖糖尿病網膜症を適応対象とした開発を進め、次に非増殖期から増殖期への進行抑制、あるいは糖尿病黄斑浮腫の発症抑制の可能性を評価していく方針となっている。2016年4月から増殖糖尿病網膜症患者を対象に、安全性と有効性の評価を行う臨床第2相試験を実施している。症例数は20人を予定しており、エミクススタトまたはプラセボを1日1回、85日間経口投与する。評価項目としては、複数のバイオマーカーの変化や網膜出血、血管新生抑制の効果並びに視力変化などをプラセボ投与群と比較試験する。2017年第2四半期を目途に試験が終了する見込みで、結果を見て今後の開発方針を決定していくことになる。
なお、糖尿病網膜症/黄斑浮腫を対象とした治療薬の市場規模は、2015年の約10億ドルから2025年には約37億米ドルに拡大すると予測されている。
b)スターガルト病(遺伝性疾患)
スターガルト病は遺伝性の網膜疾患となり、小児期から青年期における視力低下が主な症状として挙げられ、大半の患者は視力が0.1以下に低下すると言われている。現在、治療法はなくアンメット・メディカル・ニーズの強い疾患となる。発症原因は、網膜内にあるABCA4遺伝子の突然変異にあると考えられている。突然変異により視細胞から網膜色素上皮へのビタミンA輸送機能が損なわれ、リポフスチンの主要構成成分のA2E(ビタミンA由来の有害副産物)が網膜色素上皮に蓄積する。このA2Eに起因する毒性が視細胞障害を引き起こし、視力低下や中心暗点などの症状を引き起こす。エミクススタトは動物モデルを用いた非臨床試験で、こうしたA2Eの蓄積を阻害する効果が確認されていることから、同疾患での開発を進めていく。
スターガルト病の患者数は世界で約100万人となり、このうち日米欧で約15万人、米国だけで見ると3.2~4万人と推計されている※。米国では希少疾患としてオーファンドラッグ法の対象となることから、今後、認定申請を行う可能性がある。開発スケジュールとしては、臨床試験を2017年初旬に開始し、2018年中のPOC取得を目指している。
※Market Scope,「Retinal Pharma & Biologics Market」「UN World Population Prospects 2015」をもとに、同社が推計。
(2)ラノステロール(白内障・老眼(老視)治療薬)
同社は2016年3月に、米バイオベンチャーのYouHealth社から、白内障の薬剤候補となるラノステロールの開発に関わる独占契約の権利を取得した。契約金は5.0百万米ドルで、2016年12月期第1四半期の研究開発費に含まれている。
白内障は眼の中でレンズ部分に当たる水晶体が変性したタンパク質の凝集によって混濁し、視力が低下する疾患を指す。白内障を発症する要因の大半は加齢に伴うもので、40代後半から発症率が上昇し、80歳までに70%の人が発症すると言われている。世界の失明原因の51%を占める眼科領域の主要疾患で、2015年のデータでは世界で約9億人の罹患者数が、2020年には10億人まで拡大することが予想されている※。
※Market Scope, Global IOL Market 2015
現在の治療法としては薬剤による根治療法はなく、中等度から重度の患者に対して人工の眼内レンズを移植する外科的手術が行われている。眼内レンズの手術件数は年間約2,830万件程度だが、そのうち約4割は欧米、日本などの先進国で占められている。手術に要する費用は日本で約20万円(単焦点眼内レンズで片目の場合)だが、投薬、入院費用、その後の矯正手術なども含めると、白内障手術にかかる総医療費は世界で数兆円規模に達することになる。また、新興国ではこうした手術を受けることすらできず、そのまま失明に至るケースも多い。このため、薬剤で非侵襲的な根治療法が開発されれば、社会的意義の極めて大きい革新的な治療薬となる可能性がある。
今回、白内障・老眼(老視)治療薬として開発を進めるラノステロールとは、ヒトの生体内物質であることが知られている。このラノステロールに関して、カリフォルニア大学サンディエゴ校のカン・ザン博士(Dr. Kang Zhang)とGuangzhou Kang Rui Biological Pharmaceutical Technology Co. Ltd.(中国、以下Kang Rui)※の研究者による共同研究において、ラノステロールがタンパク質の凝集を阻害し、水晶体の混濁を解消する薬理効果があることが非臨床試験で確認された。同研究内容は世界的権威のある学術誌「Nature」(2015年,Vol.523 607-614)にも掲載されており、動物実験ではイヌの重度白内障に対して、ラノステロールを眼内注射により6週間投与後に、水晶体の透明度が改善されたという。
※Kang Ruiは中国の主要な後発医薬品メーカーで、今回同社が開発の権利を取得したYouHealth社の親会社。
今後の開発スケジュールとしては、2016年内に非臨床試験を実施し、処方や製剤開発を進め、2017年下旬もしくは2018年初旬に軽度の白内障患者を対象として臨床第1/2相試験を開始する予定となっている。評価項目としては安全性のほか、ヒトによる水晶体混濁度の評価、視力変化等となり、2018年中のPOC取得を目指している。なお、POC取得までの開発コストは10百万米ドル程度を見込んでいる(5.0百万米ドルの契約金含む)。
同社では軽度の白内障患者に対する開発が順調に進めば、中等度から重度の患者及び老視(老眼)まで適応範囲を拡大することも視野に入れている。老視は、加齢による水晶体の弾力低下や水晶体の厚みを調節するための毛様体筋の衰えが原因とされているが、ラノステロールは水晶体の弾力を回復する可能性があると同社では見ている。臨床第1/2相試験において、その効果も確認する予定だ。
なお、ラノステロールの開発が順調に進めば、YouHealth社に対してマイルストーンを支払うこととなるが、2016年12月期第1四半期の四半期報告書の記載内容によれば、臨床第3相試験の開始、及び複数の適応症に関する新薬申請の承認など一定のマイルストーンを達成した際に最高で300百万米ドル、また、承認後の販売許可に関するマイルストーンを達成した際には追加で最高90百万米ドルを支払うこととなる。このうち、白内障だけに限って見れば3分の1以下の水準になると推察される。金額的には大きいものの、革新的な治療薬となるため開発が順調に進めば、好条件でのサブライセンス契約を締結できる可能性が高く、資金面での問題はないものと思われる。また、上市後は売上高の1ケタ台中盤のパーセンテージに相当するロイヤリティを支払う契約となっている。
白内障治療薬については、同社が把握している範囲では米国のバイオベンチャーであるViewPoint Therapeutics(2014年設立)が、ワシントン大学及びミシガン大学の研究室で開発された技術をもとに化合物の開発を進めているようだ。開発ステージは非臨床段階であり、開発する化合物もラノステロールとは異なり生体物質ではないと見られている。
(執筆:フィスコ客員アナリスト 佐藤 譲)
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