中国、ロシア、北朝鮮… 核保有3国に囲まれる日本は、世界中に「仲間」を作っておく必要があった!
ミンスク合意締結において中心的な役割を果たしたフランス・ドイツは紛争の度に仲裁に入ってはいたものの、成果を残すことはできなかった。そして昨年10月にはウクライナ軍が無人機(トルコ製の軍用ドローン「バイラクタルTB2」)でウクライナ東部の親露派勢力への攻撃を実施。このような経緯があり、ロシアはウクライナ侵攻に至った。
私は、どのような経緯があろうが、力(武力)による懲罰や現状変更を認める立場ではない。今後、国際社会からロシアが厳しく非難されていることは当然と考えている。世界の多くの人達が、このような本格的な軍事事攻が起こるとは予想していなかった。が、現実に起こってしまった。この事態に直面した我々は、何を学び取ればいいのだろうか。
■ウクライナ国民が持つ「覚悟」とは
まず、第一に学ぶべきことは「覚悟」である。私は、ロシアの軍事侵攻を受けて敢然と立ち上がったウクライナ軍や国民を見た多くの人達は、彼らの「覚悟」や「気概」を強く感じていると思っている。ウクライナ軍は規模的にも装備面でも圧倒的に強いロシア軍へ怯むことなく立ち向かっている。大変素晴らしい姿勢である。
そして、ウクライナ軍や国民の「徹底して戦う意志」の原動力の中心にいるのがウクライナのゼレンスキー大統領である。彼の「毅然たる態度」と「強い意志」、そして軍と国民を奮い立たせる「演説」は見事である。我が国の国会や諸外国の議会でもスピーチを行った。感動的なスピーチであった。
私は、ウクライナ軍が斯(か)くも善戦し国民が悲惨な状況にも耐えているのは、当に軍のみならず国民全体の「覚悟」が最大の要因であると考えている。このような覚悟があるからこそ国際社会が応援し、NATO(北大西洋条約機構)や米国が武器を含む強力な支援しているのである。
■日本人は「覚悟」を持てるのか…?
翻って、我が国に何かが起こった場合、我々はウクライナ国民と同じような「覚悟」を持つことができるだろうか。我が国は諸外国と比較しても民度が高いと評価されているが、大東亜戦争(太平洋戦争)以降、幸いなことに戦争や紛争に巻き込まれたことがない。極めて平和な国である。しかし、世界には必ずしも話し合いや外交だけで解決できないことがある。
今回ウクライナに軍事侵攻したロシアは、我が隣人である。また、北朝鮮は国連決議に違反して核実験を繰り返し、弾道弾発射を繰り返している。そして中国は、ある日突然「尖閣諸島は中国のもの」と言い出す国である。
我が国の憲法の前文には「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して、われわれの安全と生存を保持しようと決意した」とある。大変素晴らしい理想である。しかし、現実は残念ながらこの理想とはかけ離れている。
我が国は丁度、戦略三文書(国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画)の見直し検討中であるが、このウクライナ危機を契機に防衛政策の基本から白紙的に見直す必要があるのではないだろうか。この際、国民の中で広く議論することによって我が国の安全保障や防衛に対する「理解」や「覚悟」が出来てくると考えている。
私は、「軍事大国にならないこと」や「専守防衛」、「非核三原則」等の我が国防衛の基本政策や方針を変更すべきだと主張している訳ではない。国民が選択すべきことである。そして、防衛省・自衛隊はその結果に基づき、装備し、訓練し、備えるのである。
■「専守防衛」を日本人はよく理解できていない
これらのなかで「専守防衛」に関して付言しておきたい。と言うのは、この方針を少し誤解している人がいるかもしれないからだ。
一般的に「専守防衛」とは、相手方の攻撃があれば、それ以降その国の軍(我が国の場合には自衛隊)が行動(作戦)を開始する戦い方である。そして多くの場合、戦場は当該国の領土およびその周辺海・空域となると考えられる。すなわち、現在のウクライナと同様な事態が予想される。
その際、犠牲は当該国の軍隊の施設や軍人のみならず、一般市民にも及ぶ可能性が大である。そして、侵攻(攻撃)側は、侵攻に用いた装備品や軍人以外に被害を受けることはあまり考えられない。現状のロシアと同じである。そして、「戦闘の開始」や「攻撃地域(目標)=戦闘地域」、「戦闘の終了」等は侵攻した国が決めることになる。これが、「専守防衛」なのである。
私は、このような政策等の議論が広く行われていない我が国では、国民の多くがこのことを理解しきれていないのではないかと度々思う。再度申し上げるが、私はこの「専守防衛」政策の変更を望んでいるわけではない。広く議論をし、国民が理解・納得(いわゆる「覚悟」)することが極めて重要だと訴えたいのだ。
■議論自体をタブーにしてはいけない
また、最近の我が国を取り巻く環境の変化から、昨年以来自衛隊の「反撃能力」について議論されることが多くなった。
現有の自衛隊の装備では、相手国に打撃を与えることはなかなか難しい。昭和31年の国会で「座して死を待つ」ことはなく、我が国の憲法に則っても「相手国の弾道弾基地等への攻撃は法理的に可能」との判断がなされているにもかかわらず、我が国は近隣諸国等を刺激しないように、他国を攻撃可能な弾道弾や長距離飛翔が可能なミサイル等を装備してこなかった。
しかし、最近の趨勢を踏まえ、相手方に我が国への攻撃を思いとどまらせる力、すなわち「抑止力」向上のために、長距離打撃能力を保有すべきではないかという議論が出ている。
私は、我が国のような民主主義国家では議論すること自体にタブーがあってはいけないと考えている。いろいろなことを議論し、我が国将来のために何を行うべきか、徹底した議論が必要なのだ。そして、議論の末に国民の「覚悟(理解)」があれば、最前線で戦う自衛官の士気も高くなり、持てる能力を最大限に発揮できるのだ。
■安全保障の根幹をなす「エネルギー」「食糧」
ウクライナ侵攻が始まった直後、国際社会はこれまでになく結束し、ロシアに対する経済制裁を始めた国も多い。それと同時に、エネルギー問題も顕在化した。ロシアの石油や天然ガスに依存している国が経済制裁に二の足を踏むことになったのである。我が国もそうだが、世界各国がロシアとさまざまな貿易を行っており、ロシア産エネルギーに依存している国は多い。
エネルギーは国家にとって重要な資源である。エネルギーが入手できなくなれば、直ちに電力不足に陥り交通網がマヒしてしまう。エネルギーは国民の生活基盤を支える大きな要素であり、安全保障の根幹をなすものなのだ。
また、ウクライナ産の小麦等が輸出困難な状況となり、食糧問題がクローズアップされ始めた。私たちは食料がないと生きていけない。食糧問題も国家にとっては安全保障問題の重要な分野である。
■国家としての強靭性はあるか
このように、安全保障問題とは防衛や外交に限ったことではない。上述したとおり、戦略三文書とは、「国家安全保障戦略(NSS)」、「防衛計画の大綱」(または米国の様な「国家防衛戦略(NDS)」)および自衛隊の5年間の装備等の導入計画である「中期防衛力整備計画」(または「防衛力整備計画」)のことである。
私は、NSS策定後には、国家として前述のような「外交戦略」や「エネルギー戦略」、「食料戦略」、最近の傾向である「ウ・サ・デン(宇宙・サイバー・電磁波)戦略」等も必要であると考えている。
このような戦略に基づいて、国家としての総合的な強靭性を持つことが大切であるとウクライナ危機が教えてくれている。ぜひ、今回は三文書策定後に以上のような関連国家戦略を策定し、各種政策を推し進めて欲しい。
■世界中に仲間を作れ
現在の国際情勢を鑑みるに、一国でどのような国を相手にしてでも戦えるかと問われれば、米国・中国・ロシア以外は「否」であろう。
我が国の場合、近隣国(中国・ロシア・北朝鮮)は全て核保有国である。戦いの内容にもよるが、我が国だけではこのような核保有国とは戦えない。同盟国である米国の「核の傘」が必要だ。また、この度のウクライナ危機を見ていてもわかるように、同盟国だけでなく世界中に我が国の仲間を作っておくことが重要である。
我が国は、防衛の3本柱として(1)「我が国自身の防衛努力」(2)「米国との同盟関係強化」(3)「国際的な安全保障協力の強化」を挙げている。3番目の「国際的な関係の強化」は特に大事で、これにより我が国の戦略的価値を高め、いざという時に助けて貰う仕組みを作っておくことが大切である。
最近の日本とオーストラリアは準同盟国と呼べるほどの関係になりつつある。欧州、とくに英国との関係も近くなってきている。日米豪印の4ヶ国の枠組み「Quad(クアッド)」も重要だ。また、最近では米英豪の安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」に日本が参加する案も議論され始め、大変良い環境が作られつつある。
このような信頼関係を作っておくことによって、我が国が紛争に巻き込まれた際に同盟国のみならず多くの国々から支援を頂くことが可能となる。今後は、このような関係をさらに深めるとともに、その範囲を拡大していくことが、我が国の安全確保に繋がると言えよう。我が国がウクライナから学ぶべきことは沢山ある。
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岩崎茂(いわさき・しげる)
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。
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