世界のワクチン輸送を支えたのは「日本の冷蔵配送技術」だった!今求められる「健康危機に即応するための備え」とは(1)
グローバルヘルス(国際保健)は地球規模の課題であるとともに、人々の「人間の安全保障」の課題として考えられてきた。1960年代から国民皆保険を実施してきた日本は、すべての人が適切な健康・医療サービスにアクセスできるユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の旗振り役として、国際的なUHC主流化をリードしてきた。
世界でよく知られているのが、日本の母子保健である。日本は戦後、母子保健を劇的に改善させ、妊産婦死亡率は途上国の約100分の1、5歳未満児死亡率は約20分の1となり、世界でも最高水準の母子保健サービスを提供している。日本では当たり前の母子健康手帳は、母子保健の分野では画期的なイノベーションであった。その経験はODA(政府開発援助)を通じて新興国、途上国へ広がってきた。また持続可能な開発目標(SDGs)では、日本が提唱してきた「人間の安全保障」やUHCの概念が存分に取り入れられた。
しかし新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、グローバルヘルスをめぐる状況を一変させた。新型コロナは発症前や無症候であってもステルスで感染が拡大する。グローバルな人の移動とともに世界中に拡散し、収束したかと思えば、新たな変異株が出現する。途上国の問題だと思われてきた感染症は、先進国、なかでも人が「密」な都市で猛威を振るっている。
新型コロナは、主権国家が国民の命と健康を守れるかという安全保障の問題であり、また、ワクチンを筆頭に医薬品をめぐる経済安全保障の問題でもある。医療提供体制の強化とともに経済社会活動へのダメージを抑制するため巨額の財政出動がなされており、財務・保健当局が連携して持続可能な保健財政制度の在り方についても議論が進んでいる。
これからのグローバルヘルスにおいて、日本が目指すべき方向性は何だろうか。
■「期限切れワクチン」は、日々大量廃棄されている…
第一に、グローバルな医薬品のサプライチェーン強靭化である。医薬品(ワクチン、治療薬、検査試薬等)を、東南アジアと連携し国際共同治験を進め、安全性が確認されたメイド・イン・ジャパンの医薬品を、安定して世界中に供給する。日本ならではの貢献となる。
途上国、特にアフリカで新型コロナのワクチン接種が進んでいない。その背景にあるのはワクチンの在庫不足ではない。ワクチンの製造能力は世界中で大幅に強化された。いま生じていることはワクチン在庫の膨大な不均衡である。使用期限切れのワクチンが日々、世界中で大量に廃棄されている。アフリカの主要空港までは届くが、その時点で使用期限が迫っており、そのまま配布されず廃棄されるケースも頻発している。
問題は、ワクチン等を生産し、輸送し、人の腕に打つまでのサプライチェーンの断絶である。超冷凍保存が必要なmRNAワクチンについては、冷凍・冷蔵・保管・輸送するコールドチェーンも必要不可欠である。
2月14日、ブリンケン米国務長官の主催で、新型コロナ対策に関する外相会合が開催された。日本からは林芳正外務大臣が出席した。ここでブリンケン国務長官は2022年中に新型コロナを収束させ、将来のパンデミックへの備えを強化することを目的とした「グローバル行動計画」(GAP: Global Action Plan for Enhanced Engagement)を発表した。
GAPでは6つの柱が掲げられた。その第一の柱が「ワクチンを腕まで」(Get Shots in Arms)であり、世界の少なくとも70%の人々が高品質で安全で有効なワクチンを接種完了できるよう、接種を推進する。そして第二の柱が「サプライチェーン強靭性の強化」(Bolster Supply Chain Resilience)であり、サプライチェーンのボトルネックを特定し、解消を目指す。
日本は、このGAPにおける、もっとも大きな二つの柱で世界を主導する立場にある。メイド・イン・ジャパンのアストラゼネカ社ワクチンを台湾、東南アジア、太平洋島嶼国などに約4,000万回分以上、現物供与してきた。日本は世界有数のワクチン供与大国なのだ。さらにCOVAXファシリティ(COVID-19ワクチンを、いくつかの国で共同購入し、公平に分配するグローバルな取り組み)には10億ドル規模の財政貢献を積み重ねてきた。
世界のワクチン輸送を支えたのは「日本の冷蔵配送技術」だった!今求められる「健康危機に即応するための備え」とは(2)へ続く。
相良祥之
一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)主任研究員。国連・外務省・ITベンチャーで国際政治や危機管理の実務に携わり、2020年から現職。研究分野は国際公共政策、国際紛争、新型コロナ対策やワクチン外交など健康安全保障、経済安全保障、制裁、サイバー、新興技術。2020年前半の日本のコロナ対応を検証した「コロナ民間臨調」で事務局をつとめ、報告書では国境管理(水際対策)、官邸、治療薬・ワクチンに関する章で共著者。慶應義塾大学法学部卒、東京大学公共政策大学院修了。
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