ショウ・ザ・フラッグ−中露海上演習が意味するもの(1)【実業之日本フォーラム】
津軽海峡から大隅海峡までの距離は概ね1,300海里(約2,400km)ほどであり、平均速力は11ノット(時速約20km)と推定される。途中2回ヘリコプターの発着艦訓練を行ったことが確認されているが、平均速力を見る限り特別な訓練や動きはなかったものと考えられる。
中露海軍は10月14日からウラジオストック沖にて海上演習「海上連合2021」を実施しており、今回の合同巡航は同共同訓練の一環と見られる。中国の5隻は、レンハイ級駆逐艦、ルーヤンIII級駆逐艦それぞれ1隻、ジャンカイII級フリゲート2隻そしてフチ級補給艦である。ロシアは、ウダロイI級駆逐艦、ステレグシチー級フリゲートがそれぞれ2隻とマーシャル・ネデリン級ミサイル観測支援艦1隻である。レンハイ級駆逐艦及びステレグシチー級フリゲートが他国との共同訓練に参加するのは初めてであり、中露の合同部隊が揃って津軽及び大隅の両海峡を通過するのも初めであった。
合同部隊の艦艇が装備する攻撃武器を見た場合、射程200kmの長射程対空ミサイルや射程500kmを超えると見られる対艦(地)ミサイルを保有する艦艇が含まれており、ウダロイI級の駆逐艦が対潜ミサイル、対潜ヘリコプター等を保有していることから、バランスの取れた編成と言える。保有する長距離ミサイルの射程を生かすためには、衛星通信を含む指揮通信能力や情報共有のためのネットワークの構築が不可欠であり、今回の共同巡航でその能力を検証した可能性がある。
今年に入って日本周辺海域では、日米を中心とする海上共同演習が頻繁に行われている。ARC21(日米豪仏)、マラバール2021(日米印豪)、Pacific Crown21(日米英蘭)、そして10月2日、3日の二日間だけではあるが、日米英蘭加新の空母等4隻を含む17隻の大規模海上訓練が実施された。ARC21では日米仏の陸上部隊が、東シナ海に所在する艦艇から九州に上陸する訓練が実施された。さらには、今までは米艦艇のみであった台湾海峡の通過をイギリス及びカナダの艦艇が行っており、中国は不快感を示している。
今回の中露海軍艦艇による共同巡航は明らかに日米を中心とする海上連合に対抗するものであったと見られ、津軽海峡と大隅海峡を通峡したことは、台湾海峡通過の意趣返しと考えられる。それでは、今回の共同巡航が与えた影響について、軍事的視点から見てみたい。
2021年10月26日付の解放軍報は、本訓練の中国側指揮官のバイ少将のコメントを紹介している。その内容は、本訓練は両国間の戦略的相互信頼の高さと強固な伝統的友好関係を具現化するものとした上で、新型コロナのため、いつも設置される共同司令部や調整所は設けられず、現場の状況に合わせ柔軟に行われた判断及び指示に従うといった実戦的訓練が実施できたと述べている。
二国間以上の国が海上共同訓練を実施する場合、最もクリティカルとなるのが通信である。母国から遠く離れた洋上を行動する場合、通信衛星を介した通話やデータの交換が行われる。中国及びロシアはそれぞれ独自の通信衛星を運用している。送受信器や暗号も当然別であろう。このため、洋上における中露艦艇同士の通信は、同一周波数を用いた無線通信を使用せざるを得ない。無線通信も当然暗号をかける必要があるが、暗号は高度な秘密に属し、その共有は信頼関係だけでは実施できない。日米間には「軍事情報保護協定」のみならず各種協定が結ばれており、衛星を含め通信の共有がなされている。アメリカは、それぞれの国と各種協定を結んでおり、多国間訓練の場合は、アメリカの艦艇が中継する形で通信網を構築できる。例えばアメリカはインドと「軍事情報保護協定」、「補給品等の交換協定」に次いで、2018年に通信に関する協定、COMCASA(Communications Compatibility and Security Agreement)を締結している。中ロ間でこのような協定が締結されているか不明であるが、いくつか撮影されている合同部隊のそれぞれの艦艇の距離は、米国を中心とする多国間共同訓練における距離よりも明らかに広い。中国側指揮官が述べているような「実戦的訓練」というよりは、通信が届かない事による衝突等のおそれを避けるために、安全面を重視し、一定の距離をとらざるを得なかったのではないかと推定できる。
次に長期間外洋を行動する場合に重要な事は、洋上における燃料の補給である。今回中国の補給艦が同行しており、実戦的訓練であれば当然洋上補給を実施する。日米間では、それこそ頻繁に相手国の補給艦と洋上補給を実施している。11月2日に解放軍報が掲載した共同巡航の写真集では、中国の補給艦と艦艇の洋上補給の様子が掲載されている。しかしながら、最も広報効果が高いと思われる、中国補給艦とロシア艦艇間の洋上補給の写真は含まれていない。中ロ間のインターオペラビィティ(相互運用性)は日米に比べると、はるかに及ばないと言える。
最後にヘリコプターの飛行が少ないことが指摘できる。今回10隻中8隻がヘリコプターの搭載が可能である。今回ヘリコプターを何機搭載していたか不明であるが、防衛省が公表したところによれば、わずか2回、延べ3機しか確認されていない。「実戦的訓練」であれば、部隊周辺の警戒監視は必須である。情勢にもよるが、日米共同訓練の場合、潜水艦からの脅威が高いと判断したならば、常時1~2機は警戒監視のために飛行させている。ヘリコプターの運用要領は日米と大きく異なり、必ずしも効果的な運用とは言えないのではないかと推定できる。
「ショウ・ザ・フラッグ−中露海上演習が意味するもの(2)【実業之日本フォーラム】」に続く
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:AP/アフロ
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