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ワクチン開発をめぐる諜報活動とファイブ・アイズ(フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議)


いまだに、新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。世界保健機関(WHO)の発表によれば、2020年8月22日現在の世界の累積感染状況は、感染者22,812,491人、死亡者795,132人となっている。8月に入ってからの累積感染者数の増加率は0.98~1.74%の間を推移して平均1.32%、累積死亡者数の増加率は0.56~1.34%の間にあって平均0.82%と、感染拡大が衰える兆しが見えない。

年末にかけて感染拡大が継続するとの観測が強まる中、対策として各国が取り組んでいる重点分野の1つがワクチン開発だ。WHOが明らかにしたところでは、現在、候補となっているワクチンは100種類以上存在し、そのうち20種類以上が臨床試験の段階にあるという。ワクチン開発競争が激しくなる一方で、ワクチンへの公平なアクセスを目的として設立されたCOVAX(COVID-19 Vaccines Global Access)には165か国が参加して、多くの国へのワクチン提供を目指している。

その一方で、ワクチン開発情報の争奪も激しさを増している。新型コロナウイルスに有効なワクチンを先に開発できれば、ワクチン市場での主導権を獲得し莫大な利益を見込むことができる。他国のワクチン開発状況を入手できれば、開発競争において優位に立てることは間違いない。多くの国の情報機関が活動を活発化させていることが容易に想像できるが、その中でワクチン開発情報の収集に努力を集中している国の1つがロシアである。

イギリスのサイバーセキュリティセンター(National Cyber Security Centre: NCSC)が、7月16日に発表したレポート、“Advisory: APT29 targets COVID-19 vaccine development”では、ロシアの情報機関の指揮下にあることが確実視されている「APT29」が、カナダ、アメリカ、イギリスのワクチン開発機関を標的とした諜報活動を行っていたことが報告されている。このレポートによれば、APT29は「WellMess」や「WellMail」といったマルウェアを使用して、脆弱なシステムを広範囲に捜索し、システムの深部へのアクセスを可能とするための認証資格情報の獲得を図っていたという。そして、すでに入手された認証資格情報の多くは、今後必要となることが予想されるシステムへのアクセスのために保存されていると指摘されている。

ロシアの諜報活動もさることながら、その状況を探知するイギリス、アメリカ、カナダの情報機関の高い能力には驚かされる。3か国が「ファイブ・アイズ」と呼ばれる世界規模での情報コミュニティに属していることは公然の事実だが、どの政府も公式に認めたことはない。しかし、2001年7月に欧州議会に提出された「エシュロン通信傍受システムに関する報告書」の中では、ファイブ・アイズの存在が疑いないものと指摘された。2010年には、アメリカ国家安全保障局(National Security Agency: NSA)が機密解除文書を公表し、1946年3月5日に英米の通信情報当局間で締結された「英米通信情報協定(British-U.S. Communication Intelligence Agreement: BRUSA協定、現在はUKUSA協定)」によって通信情報協力が成立して、ファイブ・アイズの基礎が確立されたことが明らかとなった。

ファイブ・アイズに関する資料は極めて秘匿性が高く、1946年の協定においてもその存在を第三国に知られないようにすることが明記されている。NSAにおけるファイブ・アイズに関連する機密文書の指定解除は1961年までしか進んでおらず、約60年間の関連資料がいまだに機密指定のままである。UK Defence Journalが明らかにしたところによれば、オーストラリアでは、当時のゴフ・ホイットラム首相でさえ1973年まで協定の存在を知らされていなかったという。これが事実だとすれば、情報当局間での協定であるという点を割り引いたとしても、情報機関の国際レベルでの活動が国家指導者の意思とは無関係に行われていたという疑念はぬぐえない。

今年1月、北朝鮮に対する情報収集体制の強化を図るため、日本が韓国、フランスとともに情報共有を目的としてファイブ・アイズとの協力枠組みに参加することが報じられた。8月には、河野防衛大臣がファイブ・アイズとの連携を拡大し、「『シックス・アイズ』と言われるようになってもいい」と発言し、比較的軽易に機密情報の共有体制へ参加できるとの見解を示した。しかし、その情報収集の対象は冒頭に示したように、軍事、政治、経済などに限定されず医療・衛生分野をも含めた広範囲なものである。情報を収集する過程でも、個人情報に関連するものに触れることが十分に想定される。参加のためには、確認しなければならない関連法規も少なからず存在する。

現在の情報化社会の進化は、ファイブ・アイズが作られたころには想像もできないレベルにあり、その速度はさらに加速することが予想される。今後、情報が持つ価値がさらに高まることは疑いないだろう。そうした中で、ファイブ・アイズがもつ高度な情報収集能力と機密情報共有システムは、世界の情報コミュニティの中では最も魅力的なものの1つであり、それを有効に活用できるのであれば、日本にとって有益であることは間違いない。その一方で、いまだに維持されているファイブ・アイズの秘密主義は、国民に情報活動に対する疑念を抱かせる要因にもなりかねない。周辺に潜在的な脅威を抱える日本にとって、情報能力の強化が最優先課題の1つであることは確かであるが、そのために重要なものの1つはこの疑念の払拭かもしれない。

サンタフェ総研上席研究員 米内 修 防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2020年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。



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