イランとの唯一の合意を捨てた米国の1つの代替策、武器移転禁止延長問題
(合意採択の日:Adaption Day)だった。2016年1月16日(合意履行の日:Implementation Day)には国際原子力機関(International Atomic Energy Agency: IAEA)の検証を経て合意が履行に移され、2025年にはイランが核兵器不拡散条約(Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons: NPT)の中で非核兵器国としての地位を確立すると見込まれていた。
しかし、2018年5月、トランプ大統領は、JCPOAがイランの核兵器開発を阻止するにはあまりにも不十分であるとともに、米国が問題と認識するイランの行動すべてを解決するものではないとの理由から、JCPOAからの離脱を表明し、停止していた制裁を再発動させた。さらに、イランと取引する企業への制裁にも言及し、関係国に対する強制力の行使も辞さないという強い姿勢を示した。
かねてからオバマ政権の政策全般に対して批判的だったトランプ大統領のこの判断には、JCPOAの成立にオバマ大統領の影響力が大きかったことから離脱したのでないかとの指摘もあったが、イランの協定違反も大きく影響していると考えられる。JCPOAを承認した安全保障理事会決議2231には、イランを対象として、純粋な防衛目的のシステムを除いた武器の輸出入を禁止する規定や、核搭載可能な弾道ミサイル開発に関連する機器の輸入を禁止する規定が含まれているが、その一部が十分に機能していなかった。
米議会調査局が7月6日に提出したレポート、”U.N. Ban on Iran Arms Transfers”では、国防情報局(Defense Intelligence Agency: DIA)の年次報告書に基づき、イランの武器輸入がかなり制限を受けて、装備の近代化に遅れが生じている一方で、武器輸出はさほど効果的に制限されなかったことが報告されている。特に、シリアやスーダンといった国家のみならず、アフガニスタンのタリバン、レバノンのヒズボラ、イラクのシーア派民兵など指定テロ組織を含む非国家主体に対して、通信機器や小型武器、弾薬などが輸出されていた。イランから船積みされたそれらの多くは止められたものの、優先度が高い武器移転は成功したと評価されている。今年6月に国連事務総長が提出した、安保理決議2231の遵守状況に関する報告書でも、イランがイエメンのフーシ派に武器とミサイル部品を輸出しようとしたことが指摘されている。
このような状況にも関わらず、安保理決議2231の規定では、イランに対する武器の輸出入禁止が2020年10月18日に解除される予定になっている。イランからの武器が支えるテロ組織などによって、大きな被害を被っているイスラエルやサウジアラビアは、武器禁輸の延長を訴えており、米国政府関係者も、武器移転禁止を少なくとも1年間延長し、イランの武器輸送を抑止するよう国連加盟国に指示する国連安全保障理事会決議案の回付を開始したことを6月に公表した。
6月30日に開催された安全保障理事会では、イランへの武器移転禁止が議論されたが、同盟国を含む理事国は米国提案の期間延長を拒否し、代わりに米国のJCPOAからの離脱に遺憾の意を表明した。安保理決議2231には、関連規定の重大な不履行が発生した場合に、JCPOA参加国が国連制裁の停止を継続する決議案を提出し、決議にかけることができるという規定が存在する。米国政府は、安保理決議2231への参加国としてのこの権利が、JCPOAと無関係に存在するとの認識に立っている。米国政府は、JCPOAを離脱した米国にもその権利が当然あると考えているため、米国がこの決議案に拒否権を行使すれば、中断されていた制裁措置が再び発動されることになる。
2019年5月以降、JCPOAに定められた制限事項を段階的に破ってきたイランではあるが、JCPOAには依然とどまっており、これに基づくIAEAの監視も認め続けてきた。しかし、武器移転の禁止が延長されるようなことがあれば、JCPOAから離脱してIAEAの監視を拒否したり、NPTにおける包括的保障措置協定を順守しなくなったりする可能性が出てくる。現時点でイランは追加議定書を批准しておらず、これに縛られることが全くない。最悪の場合、NPTからの脱退もあり得るだろう。国連制裁が再度発動されるようなことになれば、その可能性はさらに高まるだろう。イランが引き起こす様々な問題に有効に対処できないとしてJCPOAを離脱した米国は、JCPOAが対処してきた核開発問題さえも管理できない状況を作ってしまったのではないだろうか。
サンタフェ総研上席研究員 米内 修 防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。
在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2020年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。
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