図.各チーズの熟成庫、左からミルベンケーゼ、ミモレット、アーティズー(上段).ミルベンケーゼ(左)とチーズコナダニ(右)(下段)、(チーズコナダニの写真撮影:根本 崇正氏).
画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/321486/LL_img_321486_1.jpg
図.各チーズの熟成庫、左からミルベンケーゼ、ミモレット、アーティズー(上段).ミルベンケーゼ(左)とチーズコナダニ(右)(下段)、(チーズコナダニの写真撮影:根本 崇正氏).
【発表のポイント】
(1) ヨーロッパでは何世紀にもわたって伝統的製法として熟成にダニを用いるチーズがある。このダニはコナダニ類で、フランスではチーズのダニは小さいものの代表として18世紀から文学にもたびたび登場している。法政大学島野教授ら研究チームはドイツのミルベンケーゼ(Milbenkase、Milben=ダニ、Kase=チーズ、ダニ・チーズの意)、フランスのミモレット(Mimolette)、アーティズー(Artisou)の3つのチーズ工房の熟成庫、及びパリと日本のチーズ専門店で買った履歴のしっかりしたそれぞれミモレットとライオル(Laguiole)から直接ダニを採集し、形態情報と遺伝子解析によって調べたところ、チーズのダニはチーズコナダニTyrolichus casei(Oudemans,1910)という1種のみであった。学名のcaseiはチーズという意味である。
(2) チーズ工房のコナダニは代々その地域で育つ固有のダニ、「蔵付き酵母」ならぬ「蔵付きダニ」なのか?という疑問を解決すべく、チーズコナダニを、超並列DNAシークエンサーを用いて、各チーズ熟成庫の間のコナダニの遺伝構造を解析した。結果はそれぞれ500km以上、遠くはなれているチーズの産地間にもかかわらず、地理的な隔たりは遺伝子の解析結果からは見られなかった。
(3) 熟成にダニを用いるチーズには独特の風味があるといわれている。我々は、チーズコナダニから“レモン香”の1成分であるネラールをガスクロマトグラフ質量分析計で検出した。本物質はフェロモンや抗カビ効果としてダニが分泌している可能性がある。一方、訪れた熟成庫の3つのチーズのひとつ、アーティズー(チーズ)自身からダニ由来のネラールは検出されなかった。このためダニがチーズへの直接的な風味付けに寄与していないようである。しかし、ミルベンケーゼとアーティズーはダニの付いている外側も一緒に食べるので、独特の風味も感じられる(ミモレットは外側を食べない)。
ヨーロッパでは何世紀にもわたって伝統的製法として熟成にダニを用いるチーズがある。このダニはコナダニ類で、小さいものの代表として18世紀半ばから、パスカルの『パンセ』や、イソップ寓話などを集めたラ=フォンテーヌの『寓話』などフランス文学にもたびたび登場している。
法政大学自然科学センター・国際文化学部 島野 智之教授、京都先端科学大学バイオ環境学部 清水 伸泰教授、昭和大学富士山麓自然・生物研究所 蛭田 眞平准教授などの研究グループは、ドイツのライプチヒの郊外のヴュルヒヴィッツのミルベンケーゼ(Milbenkase、Milben=ダニ、Kase=チーズ、ダニ・チーズの意)、フランドル地方ベルギーとの国境のフランスのミモレット(Mimolette)、フランス中央高地のオーベルニュ地方のアーティズー(Artisou)の3つのチーズ工房の熟成庫、及びパリや日本のチーズ専門店で買った履歴のしっかりしたそれぞれミモレットと、オーベルニュ地方のライオル(Laguiole)から直接ダニを採集し、形態情報と遺伝子解析によって調べた。
すると伝統的にダニを熟成に用いている遠く離れた3つのチーズ産地の5つのチーズのダニは全てチーズコナダニTyrolichus casei(Oudemans, 1910)という同一種であった。学名のcaseiは「チーズ」という意味である。パリの市場(マルシェ)のチーズ屋さんで購入したチーズのダニは、別種のアシブトコナダニなどであった。フランスでも熟成されたチーズには、意図せずダニが付くことも普通だが、アシブトコナダニ等が多い。
遠く離れた伝統のある3つのチーズの産地のチーズ熟成庫では唯一、チーズコナダニという種が熟成に使われていることになるが、もちろん人間が意図して本種を選んで使っていたわけではない。なぜか、伝統的なチーズの熟成に用いられていたダニが、いずれのチーズ工房でも、結果的に本種チーズコナダニであったということになる。この理由は良く解かっていない。ダニを使う熟成方法を丁寧に、何百年もおこなっている伝統的なチーズ工房ではチーズコナダニに置き換わるのかもしれない。裏を返せば、チーズコナダニがいるチーズ工房は、何百年も伝統が続いているダニを熟成に用いるチーズ工房と同じように、丁寧な管理が行われているといえるのかもしれない。
近年、テロワール(terroir)と言う言葉が広まっているが、もともと「土地」を意味するフランス語のterre(英earthあるいはland)から派生した言葉で、ワインの味わいに関係するブドウの生育地の土壌、気候、風土、人的要因など土地固有である自然環境要因を意味する。日本酒には「蔵付き酵母」として醸造蔵に棲み着いている酵母によって、独自の日本酒の風味がでるとする考え方もある。
では、伝統的に何世紀にもわたって熟成過程でコナダニを使い続けてきたチーズ工房のダニは唯一、チーズコナダニという種であったことはわかったが、「蔵付き酵母」ならぬ「蔵付きダニ」は、厳密な意味で代々その地域で育っているダニなのか?という疑問が残った。つまりそれぞれの土地固有あるいは、熟成庫固有のダニ系統が代々存在してそれぞれのチーズの風味付けに貢献しているのかどうかを調べた。
3つの産地からの5つのチーズのチーズコナダニを、超並列DNAシークエンサーを用い、MIG-seq法によって、各チーズ熟成庫の間のコナダニの遺伝構造を解析した。結果は、ドイツ(ヴュルヒヴィッツ)と、フランス北部(フランドル地方)そしてフランス中南部(オーベルニュ地方)とそれぞれが500 km以上遠くはなれている産地の距離にもかかわらず、地理的な隔たりは遺伝子構造の解析結果には見られなかった。通常、地理的な差違がダニの遺伝構造にみられてよいが、それが見られない理由を現在のところ明瞭に説明することは出来ない。たとえば、古くローマの時代、ケルト人に育まれた熟成チーズが広くヨーロッパに輸出されていたことは解っているので、冷蔵庫がない時代に、チーズと共に、チーズコナダニもヨーロッパ全体に広まった。
そして、時代や管理手法によってその多くはいなくなり、ダニが好むチーズ工房でしか生き残っていないのではないか。あるいは、ミツバチの古巣で本種チーズコナダニが多数みつかることがあることから、ミツバチによって、遺伝的なシャッフルがおきているのかとも考えている。
さて、熟成にダニを用いるチーズには独特の風味があるといわれている。我々は、チーズコナダニから“レモン香”のひとつの成分であるネラールをガスクロマトグラフ質量分析計で検出した。本物質はフェロモンや抗カビ効果としてダニが分泌している可能性がある。
また、3つのチーズのうちのひとつ、アーティズー自身からこのネラールが検出されるかどうかを調べたが、検出されなかった。このためダニがチーズへの直接的な風味付けに寄与していないようである。しかし、ミルベンケーゼとアーティズーはダニの付いている外側も一緒に食べるので、独特の風味も感じられる(ミモレットは外側を食べない)。チーズが球形で全体がバスケットボールほどの大きさのチーズであるミモレットの場合、ダニがチーズの外皮を食べて穴をあけ表面積を増やすことによって、チーズ内部とのガス交換がより多く行われることが熟成で重要だといわれている。
2013年、米国食品医薬品局(FDA)は生きたダニがいるとして、フランスのチーズ「ミモレット」1.5トンを税関で差し止めたことがある。しかし、問題はないとしてすぐに差し止めは解除された。
ダニアレルギーの原因になるチリダニ類(ヒョウヒダニ類)とは、チーズコナダニは系統的に非常に離れた分類群であり、その原因にはなりにくい。強いアレルギー体質の方は注意が必要だが、フランスでダニが熟成に用いられているチーズによって、アナフラキシーショックが引き起こされた例はみつけられない。フランスではダニを使用したチーズ製造に法的規制はない( https://www.legifrance.gouv.fr/loda/id/JORFTEXT000000644875/2022-04-29/ Article 10を参照のこと)。
また、パンケーキ症候群といわれる、ダニが大発生した小麦粉でつくったお好み焼きなどで、アナフラキシーショックが起きた例があるが、この時にアナフラキシーショックが起きた原因の食品を調べると、チーズのダニとはくらべものにならないほど、桁違いに多くのダニが含まれていた事が知られている。むしろ、例えばダニが増えやすい、ダシ入りのお好み焼き粉などは密閉して冷蔵庫に保存し、賞味期限をすぎたものは食べないなどの配慮が必要である。
フランス中央高地のオーベルニュ地方のアーティズーをつくっているチーズ工房に行くと、「私達は何も加えず、自然のままのミルクと、チーズの熟成を大切にしている」と語ってくれる。チーズを味わうということは、チーズの伝統とチーズが生まれ育った自然そのものを味わうと言うことになるのではないだろうか。
以上の研究は、共同研究チームの島野 智之教授(法政大学自然科学センター・国際文化学部)、清水 伸泰教授(京都先端科学大学バイオ環境学部)、蛭田 眞平准教授(昭和大学富士山麓自然・生物研究所)が主にすすめた。
(1) 発表雑誌:Experimental and Applied Acarology(エクスペリメンタル・アンド・アプライド・アカロロジー)誌 2022年7月11日(月)に公開
論文タイトル:Do ‘cheese factory‐specific'mites (Acari: Astigmata) exist in the cheese‐ripening cabinet?(英文)
著者:Satoshi Shimano, Shimpei F. Hiruta, Nobuhiro Shimizu, Wataru Hagino, Jun-ichi Aoki, Barry M. OConnor
https://doi.org/10.1007/s10493-022-00725-8
(2) 発表雑誌:Experimental and Applied Acarology(エクスペリメンタル・アンド・アプライド・アカロロジー)誌 2022年8月近日中に公開
論文タイトル:Mite secretions from three traditional mite‐ripened cheese types: are ripened French cheeses flavored by the mites (Acari: Astigmata)?
著者:Nobuhiro Shimizu, Barry M. OConnor, Shimpei F. Hiruta, Wataru Hagino, Satoshi Shimano