図. PM2.5と院外心原性心停止との関連性に関する結果のまとめ
1.研究背景について
大気汚染物質の一つであるPM2.5は、大気中に浮遊している2.5μm(1μmは1mmの1,000分の1)以下の小さな粒子です。この大きさの粒子は肺の奥深くまで到達することから人への影響に懸念があり、米国を中心に人を対象にした疫学研究が進められてきました。その結果、人の健康に一定の影響を与えている、特に呼吸器系や循環器系の病気及びがんの原因になるのではないか、と考えられるようになってきました。国際的な動向を踏まえて、日本では2009年に環境基準(※1)が設定されてPM2.5の常時監視体制が全国で整備されてきたので、日本でも大規模な健康影響評価が出来る状況になってきました。
そこで、川崎医科大学、東邦大学、国立環境研究所、日本循環器学会蘇生科学検討会等の研究チームは、PM2.5の循環器疾患への影響に着目し、PM2.5の日単位の濃度変動が病院外での心臓を原因とする心停止(院外心原性心停止)の発生に影響するのかを検討しました。
2.研究方法について
院外心原性心停止に関わる情報は、総務省消防庁が電子データとして収集している救急蘇生統計(ウツタイン様式データ(※2))を利用しました。これは日本が世界に先駆けて国単位で2005年から情報収集を開始したもので、心肺機能が停止した症例がすべて登録されています。このデータが総務省消防庁から日本循環器学会に提供され、同学会の蘇生科学検討会が管理したものをJapanese Circulation Society with Resuscitation Science Study (JCS-ReSS) groupが活用しています。この研究では、院外心停止の中でも心臓が原因となる心原性心停止を選び出し、かつ発生した時点が明確になる一般人の目撃下で起こった症例(市民目撃例)に限定して分析しました。
匿名化処置が施された院外心原性心停止データには、発生場所に関する情報が都道府県単位までしかありません。そこで我々は都道府県庁所在地にある一般環境大気測定局で測定されたPM2.5濃度データを、各都道府県におけるPM2.5濃度の代表値として各都道府県の症例に割り当てました。本研究ではPM2.5の標準測定法と等しい値が得られると認定された「自動測定機」による測定が行われるようになった2011年4月から、総務省消防庁が提供された2016年12月までのデータを用いました。
統計分析には、年齢や性別といった短期間で変わることがない個人の特性に関わる要因の影響を無視できる研究デザインを用いた上で、日によって条件が変わる気象要因(気温、湿度)などを統計モデルの中で調整しました。そして47都道府県単位でPM2.5と院外心原性心停止との関連性を検討した後、その結果をメタ解析という方法で統合し日本全国におけるPM2.5の院外心原性心停止への影響を見積もりました。
3.主な研究結果について
本研究では研究期間中に市民目撃があった院外心原性心停止として登録された103,189例を分析しました。全症例の平均年齢は75歳で、75歳以上が61.2%、男性が60.9%、また救急隊到着時に電気ショックが有効ではない心臓リズム(心静止や無脈性電気活動(※3))を示していた症例が77.6%を占めていました。
今回利用した47都道府県内47測定局で測定されたPM2.5の1日平均濃度を平均すると13.9μg/m3でした。都道府県単位で濃度を確認していくと、これまでの報告通り東日本よりも西日本の方で濃度が高くなる傾向がありました。
院外心原性心停止発生の前日から当日にかけてのPM2.5について、院外心原性心停止の発生との関連性を分析したところ、PM2.5濃度が10μg/m3上昇すると院外心原性心停止が1.6%(95%信頼区間0.1~3.1%)増えるという結果でした。この関連性は、その他の大気汚染物質(光化学オキシダント、二酸化窒素、二酸化硫黄)の影響を統計モデル上で取り除いても変わりませんでした。また特に75歳以上、男性、そして電気ショックが有効ではない心臓リズムと統計学的有意に関連していました。
画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/211254/LL_img_211254_1.jpg
図. PM2.5と院外心原性心停止との関連性に関する結果のまとめ
4.考察と今後の展望
本研究では日本全国データを使い、院外心原性心停止発生の前日から当日にかけてのPM2.5濃度が上昇すると院外心原性心停止が増えるという関連性を観察しました。また、電気ショックが有効ではない心臓リズムとの関連性を示したことは興味深いですが、その理由は解明できていません。なお、PM2.5の生活環境中における濃度は広範囲で一定になっているという報告があり、都道府県庁所在地と都道府県内他の都市におけるPM2.5濃度の相関は非常に高かったことを踏まえて、PM2.5濃度は都道府県内生活環境中では概ね一定であると仮定して分析しました。
しかし都道府県庁所在地外での院外心原性心停止症例については、我々が仮定してあてはめたPM2.5濃度と人体に吸い込んでいた濃度とは異なっていた可能性があることに注意しなければいけません。
これまでもPM2.5と院外心停止との関連性を検討した研究はありましたが、本研究では全国規模で標準化された生活環境中のPM2.5測定データを使用していること、日本循環器学会がマネージメントしたデータで発生日時が特定されている心原性心停止症例のみを抽出していること、という強みがあります。そのため国際的には合意が得られてきているPM2.5の心臓への影響が、日本でも確認されることを示した初めての報告であると考えています。日本におけるPM2.5の健康影響に関わる知見は欧米諸国と比較して少ない状況にありますので、今後も知見を集積していく必要があると考えています。
5.注釈
※1:環境基準
(環境省: https://www.env.go.jp/kijun/ )
環境基本法第16条第1項に基づく人の健康の適切な保護を図るために維持されることが望ましい水準のことです。
※2:ウツタイン様式
(日本救急医学会・医学用語解説集: https://www.jaam.jp/dictionary/dictionary/word/0919.html )
国際的なガイドラインで推奨された院外心肺機能停止症例を対象とした統一的な記録法の名称です。ウツタインとは、ガイドライン策定のため最初の国際会議が開催されたノルウェーの修道院の名にちなんでいます。
※3:心静止や無脈性電気活動
(日本救急医学会・医学用語解説集: https://www.jaam.jp/dictionary/dictionary/word/1017.html )
心静止は心臓が動きを止めて心電図に波形が出ていない状態を指します。また無脈性電気活動とは、心電図に波形は出ていますが心臓が血液を送り出せていない状態(脈拍を触知できない状態)を指します。
6.研究助成
本研究は、独立行政法人日本学術振興会科学研究費助成事業挑戦的研究(萌芽)17K19821(代表:小島 淳、川崎医科大学)、独立行政法人環境再生保全機構環境研究総合推進費5-1751(代表:高見 昭憲、国立環境研究所)の支援を受けて実施されました。
7.発表論文
【タイトル】
Association of Fine Particulate Matter Exposure with Bystander-witnessed Out-of-hospital Cardiac Arrest of Cardiac Origin in Japan
【著者】
Sunao Kojima, Takehiro Michikawa, Kunihiko Matsui, Hisao Ogawa, Shin Yamazaki, Hiroshi Nitta, Akinori Takami, Kayo Ueda, Yoshio Tahara, Naohiro Yonemoto, Hiroshi Nonogi, Ken Nagao, Takanori Ikeda, Naoki Sato, Hiroyuki Tsutsui for the Japanese Circulation Society with Resuscitation Science Study (JCS-ReSS) Group
【雑誌】
JAMA Network Open. 2020;3(4):e203043
【DOI】
10.1001/jamanetworkopen.2020.3043
【URL】
https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen