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残されたのは“80年続く右腕の痛み” ウラン採掘に動員された少年


 「この腕の痛みと一緒に過ごしてきた人生ですわ」

 福島県平田村の吉田秀忠さん(95)はそうつぶやくと、湿布だらけの右腕を静かになでた。

 旧制私立石川中(現学法石川高)3年だった大戦末期、学徒勤労動員で同県石川町の鉱山で働かされた際に負ったけがの後遺症だ。80年が過ぎた今でもうずき、湿布を貼らなければ眠れない日もあるという。

陸軍の極秘研究

 吉田少年が動員されたのは、陸軍のある極秘研究に関する作業だった。

 世界唯一の戦争被爆国の日本だが、大戦中、自らも原爆開発に着手していた。陸軍と海軍がそれぞれ開発に乗り出し、陸軍の研究は、委託した理化学研究所の仁科芳雄博士(1890~1951年)の頭文字を取って「ニ号研究」と呼ばれる。

 原爆の開発には、原料となるウランが必要だ。石川町は戦前からさまざまな鉱物の産地として知られ、今でもペグマタイト(花こう岩の一種)が山肌に露出している。ペグマタイトには微量だが天然ウランが含まれ、陸軍はこれに目をつけた。

 45年4月から、吉田さんを含む石川中の生徒たちがペグマタイト採掘に動員された。

 「石川山で同級生と2人1組になり、朝から夕方まで、砕いた石をモッコ(網状の運搬用具)で運んだ。大きな石が出てくると、監督役から『転がして動かすぞ』と言われたけど、まだ子どもなもんだからなかなか動かせなくて」

 体ができあがっていない少年たちには過酷な重労働だった。

肩は赤くなり、皮がむけ…

 町教育委員会がまとめた「平和の誓い」(96年)や石川中の卒業生による「風雪の青春」(93年)に掲載された当時の手記には、「(鉱石の運搬で)肩は赤くなり、皮がむけて痛かった。次第にたこができて痛さを感じなくなってきた」「暑いのでズボンをまくり裸になり、素足で猿のように岩盤の上を飛び歩いていた」「タガネ棒で何日も穴掘りをし手に豆を作った」などと記されている。危険な坑内での掘削にも従事し、時折現れる敵機への恐怖もあった。

 そんなある日、じゃまな石を「てこの原理」でどかそうと、仲間の一人が地面と石との間に棒を差し込もうとしたところ、棒が外れて石を支えていた吉田さんの右腕を強打した。鋭い痛みに悲鳴をあげ、近くの湧き水で冷やしたが、痛みは引かなかった。十分な治療を受けることもできず、勤労動員はその後も続いた。

 当時、自分たちが掘っているものの正体や目的は知らされていなかった。ただ、現場で「ここで掘り出したものが原料になって、マッチ箱一つの大きさで大爆発を引き起こせる。日本が勝つために必要だから頑張ってくれな」と聞いたことを覚えている。

 結局、国産原爆は未完成のまま、終戦の日を迎えた。8月15日、自宅で農作業をしていたら、近所の人が敗戦を知らせにきた。「最初、意味が分からなかった」と、ポカンとしていたという。

 戦後になって、あの石が原爆の材料だったと聞いた。「(原爆が)できなくてよかった。技術力も足りず、そもそも無理だったのでしょう」

 吉田さんはその後、家計を支えるために石川中を中退した。農業に従事し、家族を持って2人の娘を育てたが、腕の痛みは残り続けた。「右腕をかばってたら左腕も痛くなってきてしまって。もう我慢、我慢」

 痛みが激しい日にはきちんと寝付くことも難しく、夜に戦争の夢を見た。夢の中で吉田さんは、激戦地となったガダルカナル島で亡くなった日本兵の遺骨を集めていた。戦地に行った経験はない。「なんでこんな夢を見るのだろう」。目が覚めて、胸に残る情景やもやもやをノートに書き留めた。

 自宅の居間には、採掘現場の掘り返された斜面でかつての仲間と自身が並んで写る白黒写真が飾られている。「最初から無理で、やっちゃいけない戦争だった。痛みはずっと取れませんわ」。その写真を見ながら、吉田さんは静かに言った。

かつてのウラン採掘地を訪れると…

 6月末、原爆開発計画と石川町の関わりを長年調査してきた町文化財保護審議会副会長、橋本悦雄さん(76)に案内してもらい、記者はかつてのウラン採掘地を訪れた。

 夏草の茂った雑木林に足を踏み入れると、不自然にくぼんだ斜面が現れる。持参したハンマーで橋本さんが近くの岩を叩くと、ペグマタイトの白っぽい鉱脈が露わになった。

 橋本さんによると、同町のウラン採掘に携わった人々の中で存命なのは、東北地方では吉田さんだけとみられるという。橋本さんは「当時の状況を証言できる人も少なくなっているが、かつてこの町で何が行われてきたのか、事実を伝えていかなければならない」と強調した。【岩間理紀】

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