
近年、春になると「イースター」という言葉とともに、卵をかたどったお菓子を見かける。おしゃれなものが多くて目移りするが、卵のお菓子といえば、赤ちゃんのころから親しんだ卵のボーロは外せない。小さくて丸い焼き菓子で、口の中ですっと溶ける。甘くて優しい味は、思い出すと食べたくなる。今年の「イースター」は4月20日。卵のボーロとともに、春の訪れを味わいたい。
ところで「イースター」って何の日? 調べてみると、キリスト教の「復活祭」を指すという。春分の日を過ぎて最初に満月を迎えた直後の日曜日。だから毎年日にちが変わる。キリストの復活と春の訪れを喜ぶ日で、欧米では家族や親しい人たちが集まって、お祝いする習慣があるという。生命の象徴である卵や、多産なウサギがシンボル的な存在だ。海外の行事をイベントとして楽しむところが、何とも日本らしい。
ルーツはポルトガル
「タマゴボーロ」を製造する岩本製菓(愛知県稲沢市)の社長、森勇樹さんに話を聞いた。1949年創業の岩本製菓は、70年以上ボーロを製造しているメーカーだ。
そもそもボーロって何ですか? 「ボーロはポルトガル語で『お菓子』という意味なんです」と森さんは話す。ボーロは16世紀に伝わった南蛮菓子の一種で、小麦粉に砂糖などを入れて丸い形に焼いたものだった。各地に広がり、それぞれの土地やメーカーが工夫して、さまざまなボーロが作られるように。そういえば、九州でよく食べられる薄くて丸いカステラのような「丸ぼうろ」や、京都名産の「そばぼうろ」も「ぼうろ」ですね。
岩本製菓の「タマゴボーロ」は、小麦粉ではなく、国産のバレイショ(ジャガイモ)でんぷんを使っている。「小麦粉を使うと、どうしてもグルテンの粘りが出てしまうのですが、でんぷんだとほろほろした食感になります」と森さんが解説してくれる。クッキーのように油脂は使わず、砂糖や卵を入れた生地を成形して焼き上げる。口の中で溶けるのは、でんぷんで作っているからなんですね。
不思議?カワイイ? 昭和レトロパッケージ
岩本製菓は、材料の配合や形、内容量などを変えて、さまざまなバリエーションのボーロを販売している。70年に誕生したつり下げ式パッケージの「五連ボーロ」は、小袋が縦に五つ連なった形状で、乳児も生後7カ月ごろから食べられる。つり下げ式パッケージをボーロメーカーでいち早く取り入れたのは岩本製菓だ。「当時はつるす陳列方法が一般的でなく、つり下げ用の器具も一緒に提案したそうです」と森さん。ちなみに「五連ボーロ」と、駄菓子屋さんなどで売っている小袋の「ミルクボーロ」の中身は同じ。小袋タイプは子どもに渡す時も、自分で食べる時にも、量を調整できるのでとっても重宝しています!
そうそう、以前、行きつけの駄菓子問屋のお兄さんが「岩本さんのキリンが怖い」と小声でつぶやいていたのですが……。歯を見せて笑いながらサッカーボールを蹴るキリンのイラストって、冷静に考えれば不思議ですね。森さんに伝えると「初めて言われました。怖いですか?」と大笑い。「タマゴボーロ」のキャラクターは、他に三輪車に乗るウサギや太鼓をたたく犬など個性派ぞろい。誰がデザインしたのかなどの記録は残っていないが、発売当初からイラストは変わっていない。まさに昭和レトロ! かえって新鮮で、カワイイです。
原料がすべて国内産という「国産卵黄かぼちゃボーロ」、手づかみ食べの練習にぴったりなスティック状の「手づかみ卵黄やさいボーロ」など、子どもの成長や好みに合わせた商品もある。卵アレルギーの患者さんの経口免疫療法に使いたいと、医師から相談が寄せられるという。また、オーガニック(有機栽培)やアレルギー対応の商品もあり、保育所のおやつとしても活用されている。
さらに、ボーロはかんだり飲み込んだりする力が弱くなった高齢者でも食べやすいことに着目。高齢者が不足しがちな栄養素を強化した商品も開発している。森さんは「おいしいことはもちろん、皆さんに安心して食べていただけるもの、健康づくりのお役に立てる商品を提供していきたいです」と話す。
新しい環境や出会いがあり、肩に力が入る春。ほっとほどける甘さを味方に、殻を破ってはばたいていきたい。【水津聡子】
時代をスイスイ「おさかなボーロ」
岩本製菓は、森さんの祖父にあたる森武彦さんが、名古屋市の菓子メーカーでの修業を経て設立した。「栄養不足の子どもたちに、栄養満点の卵が入ったおいしいお菓子を食べてほしい」との願いを込めてボーロの製造を始めた。当初は型抜きボーロが主流で、一斗缶に詰めて出荷し、お店で量り売りされていた。工場が手狭になり、1965年に稲沢市に移転した。
武彦さんの故郷・福井県の川に遡上(そじょう)するアユから着想して約60年前に誕生したのが「鮎ボーロ」だ。岩本製菓は武彦さんの思いを受け継ぎ、カルシウムなどを強化した「カル鉄 おさかなボーロ」に進化させ、販売し続けている。型抜きボーロはほろほろした食感ゆえにくずれやすく、魚のような複雑な成型は難しい。でも、丸いボーロが主流となった今では、魚の形がユーモラスで、何だかほっこり。会社の「源流」を伝える商品、未来へスイスイ泳いでほしいですね。