
マッチング相手は実は既婚者だった――。
恋愛や結婚のパートナーに出会うきっかけとして、若者を中心にすっかり定着しつつあるマッチングアプリ。しかし、独身と詐称する「独身偽装」をした既婚者が利用し、交際に発展した相手とトラブルになるケースが後を絶たない。
独身を証明する公的書類も取得できるうえに、マイナンバーカードを証明に活用できる環境も整ってきた。にもかかわらず、こうした行政が保証する「独身証明」の提出を必須としていないマッチングアプリは多い。
なぜ事業者は「必須化」に及び腰なのだろうか。
官民の温度差
東京都などの行政が手がける「官製婚活」といわれるマッチングサービスは、登録時に「独身証明書」の提出を求めるケースが多い。
その名の通り本人が独身であることを証明する公的書類で、結婚相談所では入会の条件として提出を求めている。
民間事業者が運営するマッチングアプリも、18歳以上の独身者を対象にしたサービスをうたう。
だが、独身かどうか疑わしい場合に、運営側から利用者に独身証明書の提出を要求できると利用規約に盛り込んでいるケースはあるが、登録の条件として提出を必須としているサービスは確認できなかった。
身分証明書の提出は求めるものの、独身であるかどうかの確認は本人の誓約など「自己申告」にとどまっているのが現状だ。
独身偽装の被害者らは、「確認を厳格にすべきです」と訴え、独身証明書の提出を義務付けるよう主張している。
必須化阻むユーザー離れへの懸念
事業者側の見解はどうか。
マッチングアプリなどの安心・安全な利用促進を目指す一般社団法人「結婚・婚活応援プロジェクト」(MSPJ、東京都)には、主要大手を含むマッチングアプリの運営会社など12社が参画している。
2015年に設立され、18年には七つの項目から成る業界の自主基準を策定した。
その項目の一つが「独身確認」だ。
既婚者ではなく、交際相手もいないことの誓約を求めるなどして独身であると合理的に判断された人だけが利用できる運用を行う、などとしている。
さらに、結婚相手や結婚を前提とした交際相手探しに関する紹介サービス業を巡っては、NPO法人「結婚相手紹介サービス業認証機構」による認証制度もある。
認証されるには、厳格な本人確認やメッセージの常時監視体制などの基準をクリアする必要があり、少なくともこの認証を受けたマッチングアプリは「安心・安全が保たれている」という。
でもなぜ、独身証明書の提出が必須とならないのだろうか。
「本当はしたいんです。でも、全ての利用者がそういうものを求めているわけではない。登録の時点で必須にすれば、必須にしていないサービスに利用者が流れるだけだと思います」
MSPJの担当者は説明した。
実際、自治体が発行する独身証明は、本籍地がある市区町村の窓口か郵送で申請し、発行してもらう必要があった。
こうした取得の際の煩わしさがユーザー離れにつながることへの懸念があるようだ。
最寄りの自治体でも取得可能に
昨今では婚活などを装い、恋愛感情を抱かせて金銭をだまし取る「ロマンス詐欺」も問題となっている。多くはSNS(ネット交流サービス)だが、マッチングアプリが接触手段として悪用されるケースもある。
マッチングアプリのユーザーの間で「独身証明書」の提出の必須化を求める声はないのだろうか。
MSPJ参加企業の一つが運営するウェブメディア「マッチングアプリ大学」は24年6~7月に、18歳以上の未婚の男女を対象にウェブアンケートを実施し、352人(男性98人、女性254人)から回答を得た。
マッチングアプリの登録時の独身証明書の提出について、「必須になる方がいい」との回答は50%に上った。
ロマンス詐欺被害が後を絶たないこともあり、公的な独身の「証明」の取得を後押しする動きは加速している。
24年8月からは、マイナンバーカード取得者向けのサイト「マイナポータル」を通じ、独身かどうかが分かる戸籍に関する情報を、本人の同意があれば民間のサービス事業者側に提供できるようになった。
ただ、マイナンバーカードの取得者に限られるため、MSPJの担当者は「若い世代のマイナカードの利用状況などを考えると、現状では必須にすることは難しい」と見る。
最近では法務省が3月17日付で、結婚証明書を最寄りの自治体窓口でも取得できるよう運用を改める通知を全国の法務局に出し、自治体に周知するよう求めた。
独身証明書を取得する物理的、心理的なハードルは下がることになった。
ただし、上記のアンケートでは32%が「証明したい人だけでいい」と回答している。そもそも必須化を望んでいないユーザーは、一定数存在するようだ。
MSPJの担当者は「少子化が進む中で一番優先すべきは、若い方々の恋愛や結婚を促進していくことだと思います。そういう意味では、ユーザーが離れていくような選択肢は現時点でとれないと思っています」と語った。【千脇康平】