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チェチェン紛争を背景にロシアで相次いだテロ 新たな脅威も


 ロシアでは、南部チェチェン共和国が独立を目指した1990年代から2000年代にかけて、ロシア軍のチェチェンへの攻撃と相まって首都モスクワなどでテロが相次いだ。近年の治安は相対的に改善していたが、22日にモスクワ近郊のコンサートホールを武装勢力が襲撃した事件は140人以上の死傷者が出る惨事となり、再び国内外を揺るがした。

 第1次チェチェン紛争の停戦合意(96年8月)から数年を経た99年8月末~9月半ば、モスクワや南部ダゲスタン共和国などの集合住宅や商業施設で次々と爆発が起こり、合計で300人近くが死亡した。関与が疑われたチェチェンの武装勢力を打倒するためとして、ロシア軍はチェチェンに対する軍事作戦(第2次チェチェン紛争)を開始した。

 チェチェンへの軍事侵攻は、99年8月に就任したばかりのプーチン首相(現大統領)が指揮し、国内の支持を獲得して00年3月の大統領選での初当選につながる形となった。ただ、一連の爆発事件については、ロシア政府が侵攻の「口実」とするため、情報機関に仕組ませたとの工作疑惑もあった。

 ロシア軍がチェチェンで有利に戦闘を進める一方で、追い込まれたチェチェン武装勢力の一部過激派は国内各地でのテロに走った。02年10月には武装勢力がモスクワの劇場を占拠し、観客ら900人超を人質に取る事件が発生。発生から4日目に、劇場を包囲した治安部隊が特殊なガスを流し込んでから突入。40人超の武装勢力メンバーを殺害したが、人質約130人も命を落とした。

 同様の惨劇は04年9月にも起きた。南部にある北オセチア共和国の主要都市ベスランの学校(日本の小学校から高校に相当)が、生徒や保護者の集う新年度の行事のさなかに武装勢力に襲われ、1100人以上が人質に取られた。

 包囲から3日目に治安当局との間で銃撃戦が起こり、30人を超す武装勢力が掃討されたが、生徒を含む330人以上が死亡し、負傷者も730人を超えた。武装勢力はチェチェン人が主体だった。

 00年代にはモスクワの交通インフラでもテロが相次いだ。04年2月にモスクワの地下鉄で爆発が起こり、約40人が死亡、130人が負傷。同年8月には、旅客機2機がモスクワの空港を出発した後に次々と爆発・墜落し、計89人が亡くなった。モスクワでのテロは10、11年にも起きている。

 南部の都市ボルゴグラードでは13年に、第2の都市サンクトペテルブルクでも17年に交通インフラを狙ったテロが発生した。

 一連のテロでは、チェチェンをはじめとした南部カフカス地方のイスラム系武装勢力が主体とみられてきた。ロシア政府が09年に第2次チェチェン紛争の終了を宣言し、10年代以降は国内の治安は大幅に改善してきた。

 他方で、ロシアが22年2月に隣国ウクライナへの侵攻を始めたことを受け、ロシア西部諸州はウクライナ軍や親ウクライナのロシア人武装勢力などの攻撃にさらされるようになった。侵攻に賛同するロシアの軍事ブロガーらが狙われた爆発事件が起きるなど、国内でも新たなテロの脅威が生じている。【大前仁】

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