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相談先「聞いたことなか」 悩んだ末に妻殺害 入院費工面できず


 長崎県佐世保市の市営住宅で3月、同居の妻(当時74歳)を刺殺したとして殺人罪に問われた無職、前田敏臣被告(75)の裁判員裁判で、長崎地裁は26日、懲役8年の判決を言い渡した。公判では事実関係の争いはなかった。なぜ、36年連れ添った妻をあやめたのか。公判の傍聴や拘置施設での被告への取材などで事件を追った。【松本美緒】

「お父さん、私を殺すとね」

 26日の判決言い渡し後、太田寅彦裁判長は前田被告に語りかけた。「奥さんは生きたかったと思います。その一人の命を奪ったということをよく胸に刻んで考えてほしい。奥さんや娘さんのことを思って、これからの償いの日々を送ってほしい」

 その8日前、18日にあった第2回公判。弁護人から質問された前田被告は「中学の授業にはついていけんことが多かったです」「今も割り算ができません」などと語った。

 夫婦はどのような人生を送ってきたのか。公判では事件までの経緯が明らかにされた。

 前田被告は中学卒業後に働き始めた。1987年に妻英子さんと結婚。娘が生まれたが間もなく亡くなった。前田被告は土木作業員として働き、2014年から事件現場となった佐世保市の市営住宅で暮らした。

 近所の親族の子供からは「とっちゃん」「ひでちゃん」と慕われた。法廷で弁護人に「夫婦で一番楽しかった思い出は」と聞かれ、前田被告は「(親族に)子供ができた時。私たちの本当の孫みたいだった」と答えた。夫婦で買い物に行くなど仲の良さそうな様子が近所では目撃されていた。

 前田被告は21年2月に退職し、以降は夫婦で月16万円あまりの年金で暮らした。家賃と駐車場代で月約3万円。夫婦のたばこ代が月約6万円かかった。妻はたばこを「やめない」と言い、前田被告もやめなかった。金銭管理は妻がしていたが、21年末からたびたび家賃を滞納するようになった。そのたびに前田被告が親族からの借金などで支払った。

 食事代を切り詰め、カップラーメンやスーパーの一つ99円の総菜で済ませた。自宅の明け渡しを請求される3カ月分の家賃滞納を避けるため、金策は自転車操業だった。22年8月には、民生委員と市に生活保護の相談に行ったが、基準を超える年金収入があるため、受給できなかった。

 前田被告は22年1月に胃潰瘍で一時入院。妻は同4月に糖尿病の治療を始め、前田被告が自宅でインスリン注射や血糖値の測定をした。前田被告は23年2月に左半身にしびれを感じるようになり、脳梗塞(こうそく)の疑いと診断された。

 妻は同3月8日ごろに寝た状態から起き上がれなくなった。自力でトイレにも行けず、汚れた下着を前田被告が洗った。医師からは2人とも入院の必要があると言われたが、家賃滞納は2カ月分になり、入院費は工面できなかった。前田被告は寝たきりの妻を病院に連れて行く方法も分からず、妻に親族への相談を提案したが、「余計なことせんでよか」と拒絶された。

 前田被告は法廷で「パニックになった」と語った。3月12日夜、ワールド・ベースボール・クラシックを見ながら焼酎を飲み、横になった。同13日の明け方、眠っている妻の顔にバスタオルをかけて首を絞めた。妻は目を覚まして「苦しか。お父さん、私を殺すとね」、前田被告は「堪忍してくれ」と言った。その後、台所にあった刺し身包丁で妻の首を刺し、失血死させた。

 前田被告は、生後間もなく亡くなった娘の位牌(いはい)を仏壇からこたつに運び、線香を上げて手を合わせた。「すまんやった。お母さんが迷わないように連れて行きなさい」。13日夕、自ら110番して自首した。

争点は量刑、殺害の動機が焦点に

 裁判員裁判では、事実関係に争いはなく、量刑が争点となった。量刑を決める要素の一つが殺害の動機だった。26日の長崎地裁判決は「前田被告が予想外の困難な状況に直面し、将来を悲観したことが主たる動機となった」と述べた。

 事件後に前田被告を簡易鑑定した精神科医の金替(かねがえ)伸治氏は公判で、被告には軽度の認知障害があり、そこに妻の世話や経済的困窮、脳梗塞(こうそく)など自身の健康状態の悪化が重なって適応障害を発症していたと証言。前田被告が生活保護が受けられないことや親族から借金をしづらいことなど自分なりに現実的に熟慮し万策尽きたと考え、酒の力も借りて犯行に及んだと指摘した。

 また、金替氏は「仮に独りで悩んでいたのであれば、孤独の心情を抱えていた可能性はある」とも語った。

相談先「全然聞いたこともなかばってん」

 「こうなる前に相談してほしかった。相談してもらえていたら、私たち家族で何ができるかを話し合えた」。公判では、親族の一人の供述を、検察側が読み上げた。

 前田被告は公判で、殺害に至るまでに親族に相談しなかった理由として妻から止められたことや、親族に迷惑をかけたくなかったことを挙げた。「こうなったのは夫婦2人の責任。自分が刑務所に入り、その間に支給される自分の年金を滞納した家賃の支払いなどに充てたかった」という趣旨の話もした。

 親族以外に相談できる場所はなかったのか。高齢者の総合相談窓口として地域包括支援センターなどが設置されているが、前田被告は公判で「世間知らずやけん、そういうことは全然知りません」と述べた。長崎刑務所(諫早市)内の拘置施設で毎日新聞の取材に応じた際にも「知っていれば相談もしただろうけど、全然聞いたこともなかばってん」と言った。

 罪に問われた高齢者や障害者らをサポートする県地域生活定着支援センター(同)の池田征弘・所長補佐は弁護側証人として法廷に立ち、「具体的にどのような機関が、どのようなタイミングでアプローチしていれば今回の事件が防げたか、心を痛めている。今回のケースを機に、事件が起こる前に制度のはざまにいる人にアプローチをしていく仕組みが作れないか」と語った。

 判決は「妻の殺害という最悪の行為を選択した点で短絡的との厳しい非難を免れない」としながらも「そのような意思決定に至った経緯、被告が置かれた状況などを踏まえれば、意思決定に対する非難の程度を相応に弱める事情もある」として、懲役15年の求刑に対し、懲役8年を言い渡した。

 脳梗塞の影響で左手がしびれるのか、前田被告は法廷で車椅子に座り、手をさすりながらじっと判決を聞いていた。

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