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「無差別大量殺人」で使用禁止? 博多のビルに突然の張り紙


 「殺人事件でもあったんですか?」――。九州の玄関口・JR博多駅(福岡市博多区)にほど近い雑居ビルについて、管理会社に思いも寄らぬ問い合わせがあったのは3月下旬のことだった。ビル内を点検すると、4階に心当たりのない「公安審査委員会」名の張り紙があり、「無差別大量殺人」「使用禁止」の文言が並んでいた。「事前の連絡もない。これは一体、何だ?」。困惑するビル管理者の声を受けて取材を進めると、国が今春、ある団体に初めて出した「処分」にたどり着いた。

 博多駅から南西に徒歩約10分。マンションやオフィスビルが建ち並ぶ一角に、その雑居ビルはある。登記などによると、ビル所有者は福岡県内で酪農経営に携わる企業。築40年を超え老朽化しているものの、6階建ての1~3階には飲食店など複数の店舗が入り、昼食や夕食の時間帯はスーツ姿の会社員や若いカップルらでにぎわっていた。4~6階は主に住居用で、各フロアに2室が並ぶ。

 張り紙は、4階にある2室の玄関ドア横の壁に1枚ずつ掲示されていた。

 「無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律の規定により、使用禁止の処分を受けています」

 赤枠で縁取られた黄色の紙はA3サイズで目立つ。最上部に「被処分団体名」として、小さな文字で長い説明文があり、それを読むと、処分を受けたのはオウム真理教の後継団体「アレフ」のようだった。ただ、玄関ドアの周辺に表札などはなく、教団施設とは分からない。

 オウム真理教は、坂本堤弁護士一家殺害(1989年)や松本サリン(94年)、地下鉄サリン(95年)など数々の凶悪事件を起こし、教祖の松本智津夫元死刑囚ら元幹部13人の死刑が2018年に執行された。教団は解散し、アレフはその最大の後継団体とされる。

 「4階の2室は企業名で契約されていたと思う。10年ほど前からアレフの人たちが集会所として使っていたのは知っていた。ただ、家賃は毎月支払われ、知る限りトラブルもなかった。突然の張り紙に驚いた」

 ビルの所有企業から建物を借り上げ、転貸している不動産管理会社(福岡市)の男性経営者(70代)は困惑する。ビルの内装工事で訪れた業者が3月下旬、張り紙を見て驚き、電話で問い合わせてきたことで、掲示に気付いたという。

アレフに出された初の処分

 張り紙は、法務省の外局である公安審査委員会が3月、アレフの活動を大幅に制約する「再発防止処分」を決定したことを受け、掲示された「標章」だった。「無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律」というのは、オウム事件後の99年に施行された団体規制法の正式名称。アレフは00年から同法に基づく観察処分の対象となり、資産状況などを報告する義務を負っていたが、それを怠っているとして、法の施行後初めてとなる再発防止処分を受けた。

 処分によって、アレフはその決定が官報で公示された翌日から6カ月間(9月20日まで)、東京や大阪など全国11都道府県にある13施設の作業場・道場の使用と、布施の受領ができなくなった。この雑居ビルの4階も対象施設の一つとなった。

 団体規制法は、処分時には該当施設の出入り口など見えやすい場所に標章を掲示すると定め、標章の寸法や文言の書体も規則で決められている。掲示にあたって国からビル管理会社に連絡はなかったという。

 公安審によると、標章の掲示は、使用禁止となったことを処分を受けた団体に周知するのが目的で、対象施設が入るビルや周辺住民に通告する決まりはない。標章をはがしたり、汚したりすると罰金が科される。

 「営業妨害だ。あんなものを張られたら普通の人はびっくりして入居できない」と、管理会社の男性経営者は標章の掲示に不満を漏らす。実際、空室の内見に訪れた入居希望者からも同様の問い合わせが複数あり、いずれも契約には至らなかったという。4階の2室に人の出入りはない様子だが、今も家賃は支払われており、退去を求めるようなトラブルもないという。

オウム事件から約30年 記憶の風化も

 入居者の反応はさまざまだ。ビル内で店舗を営む40代の男性は「標章の掲示は知らなかったが、地下鉄サリンやVXガスを使ったオウム事件は覚えているので怖いと言えば怖い」と声を潜めた。アレフがビル内の部屋を使用していることは半年ほど前に知ったという。一方、ビル内で別の店舗を営む年配の男性もアレフの使用は知っていたが、「何年も前からいるし、別に怖くはない。標章も知らない」と関心がなさそうだった。

 公安審は9月4日、アレフが必要な報告義務を引き続き怠っているとして、再発防止処分を6カ月継続する決定を出した。標章の掲示も24年3月20日まで続く見通しだ。

 宗教と法律の関係に詳しい近畿大の田近肇教授(憲法)は「オウムが起こした一連の事件から約30年がたち、教団名や事件のことを知らない人が増えている」と風化を指摘する。だが、アレフに対する観察処分は00年から続いており「団体の危険性が薄まったと錯覚してしまうのは危険だ。こうした事態に直面する可能性もあり、不特定多数の人が出入りするビルのオーナーらは契約時に十分検討するなど慎重な対応が求められる」と話した。【清水晃平】

続くアレフへの監視 資産隠し疑いも

 14人が死亡、約6300人が負傷した地下鉄サリン事件を起こした1995年3月当時、オウム真理教には約1万1400人の信者がいたとされる。だが、95年10月に東京地裁が解散命令を出し、宗教法人格を喪失。一連の事件を受けて99年に団体規制法が施行されると、教団は主流派とされる後継団体「アレフ」や、元幹部が代表を務める「ひかりの輪」(2007年設立)などに分裂した。

 公安調査庁によると、教団の後継団体は23年7月時点で国内に計約1650人の構成員がおり、うちアレフなど主流派が約1530人、ひかりの輪が約120人。アレフは松本智津夫(麻原彰晃)元死刑囚に対する絶対的帰依を続け、新規信者の勧誘活動も組織的に展開している。

 アレフに対しては、団体規制法に基づく観察処分が00年から続く。公安審査委員会が「監視すべきだ」と判断した場合に出す処分で、公安庁が立ち入り検査でき、アレフ側は資産や収益事業の状況、構成員などについて3カ月ごとに報告する義務を負う。処分は3年ごとに更新されている。

 公安庁は近年、アレフが資産隠しをしている可能性があるとの見方を強めている。アレフは19年1月時点で約13億円の資産があると報告していたが、20年以降は急減。22年11月の報告では過去最少額の約2000万円としたが、減少した理由は判然としていない。

 こうした状況を受け、公安庁は23年1月、「危険性の程度を把握することが困難になっている」として、アレフの活動を大幅に制約する再発防止処分を請求。公安審は3月に同処分の初適用を決定した。

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