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歌舞伎町で「立ちんぼ」3年 ネットカフェ暮らし、ホスト通いの末に


 私(記者)は全然分かっていなかった。どうして彼女が東京・新宿の歌舞伎町を居場所にして、路上で見つけた客に体を売ってネットカフェ暮らしを続けているのかを。

 初めて会った時、彼女はまだ25歳だった。よく冗談を言い、よく笑い、そして気の弱い女性で、ホストに入れ込んでいた。そのかいわいで売春をする女性には珍しく誰にでも本名を名乗ったが、ここではユズという仮名で呼ぶ。

 この街にいる理由をユズは「何となく」としか言わない。「ずっといたいとは思わないけど」「いつまでもいられるわけじゃないのは分かっているけど」。語尾にはいつも「けど」がつき、その後は続かなかった。

 売春とホスト通いを続ける理由。それに触れたのは2023年3月、ユズの妊娠がきっかけだった。彼女は27歳になっていた。

路上の「立ちんぼ」たち

 歌舞伎町にある新宿区立大久保公園の周囲には、日没前から売春をする女性たちが立ち始める。「立ちんぼスポット」と呼ばれる一画だ。街灯ばかりの路上で、スマートフォンを手に彼女たちは「遊べる?」と話しかけられるのを待つ。客からの暴力や金銭トラブル、性病、警察の取り締まり――。たくさんのリスクを抱えながら。

 大半は20代。23年に入る少し前から一帯に立つ女性は目に見えて多くなった。7月、多い日には50人近い姿があった。

 21年秋、私は一人の男性と知り合った。坂本新さん(51)。20年にNPO法人「レスキュー・ハブ」を立ち上げ、路上に立つ女性の支援を続けていた。知り合った頃、歌舞伎町のビルを間借りして週末だけの相談室を始めたばかりで、「売春をしているのがどんな女性たちなのか知りたい」という取材の依頼を快く受け入れてくれた。

 ユズとはその年の12月、相談室で出会った。

 北海道から上京してきたユズはこの時点で丸2年、路上での売春を続けていた。東京で他の職に就いたことはない。近づいてきた男性に提示するのは「別1」。男性側がホテル代とは別に1万円を支払うのが、彼女が決めた自分の値段だ。

 「ずっと立ちんぼを続けられるとは思ってないけど……」。そう言いながら彼女は有り金をホストクラブで使い、「金がない」と言っては地方の性風俗店へ出稼ぎに行った。

 そんなユズも就職をして歌舞伎町を離れたことがあった。22年春、東京都の支援制度で介護の資格を取り、高齢者施設をあっせんしてもらった。ネットカフェ暮らしに耐えかねて「自分の家に住みたい」と思い始めていた。

 手続きや新生活の準備は、坂本さんが手伝った。都が用意したアパートに入居して笑顔を見せたユズに、坂本さんは日用品を差し入れ、「もう(歌舞伎町に)来るなよ」と背中を押した。

 しかし結局、ユズは3週間で仕事を辞めた。「口調のきつい先輩が嫌だった」と言い、またホストクラブのイベントに顔を出した。その後も実家に帰ったり、出稼ぎに行ったりを繰り返しながら、歌舞伎町を居場所にし続けた。

記事にした後に

 私は何度も路上や相談室で、時には2人で食事に行ってユズの話を聞いた。生い立ちや売春を始めた経緯まで。23年2月、ユズを中心に、歌舞伎町で売春をする女性たちの現状を2回に分けて記事にした(前編・歌舞伎町で性を売る女性たち後編・歌舞伎町に立つ女性支える覚悟)。葛藤やリスクを抱えつつ、路上に立ち続ける彼女たちの素顔と、支援がうまくいかなくても見守りながら手を差し伸べる坂本さんに焦点を当てた。

 「どこかで今の売春から抜け出したいと思っている女性は少なくない。でも歌舞伎町を離れても戻ってきちゃう子は多いんです。次の環境になじめなかったり、元いた場所の居心地が良かったり」という坂本さんの言葉に、私はうなずいた。分かったつもりで。

 翌3月、ユズは自身の妊娠に気付いた。そこから事態は動いていく。その過程を見つめて分かったのは、ユズが捨てたはずの過去だった。【春増翔太】

  ◇

 2023年、新宿・歌舞伎町の路上に立つ売春女性が急増しています。1年半にわたる取材で接したその素顔と歩みから、彼女たちがこの街を「居場所」にする背景を探ります。

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