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【連載】ヨガと日常をつなぐ1冊Vol.6 結果にとらわれない潔い態度を育む



ヨガをすることがポピュラーなことになった今、その教えを日常に取り入れたいと考えている方も多いでしょう。専門書を手に取るのもいいですが、書店に並ぶ本の中にもヨガのエッセンスが詰まったものがあります。そこでヨガスクールの講師としてインストラクターを養成している筆者が、ヨガの教えをより身近に感じてもらえる1冊をご紹介します。第6回は「善良な人でありながら世俗的な成功を収めること」をテーマにしたノンフィクションです。


「瞑想をしているということを白状すると、『それで人生はよくなるのか?』と質問されるんです。そんな時は、『今より10パーセント幸せになるよ』と答えることにしています」

出典:ダン・ハリス ジャーナリスト

目を閉じて無心になることが必要な理由

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体を使ったヨガがブームとなった次は、瞑想が世界的なブームとなりました。欧米の大手企業では瞑想を全社的に取り入れ、社員が瞑想するための部屋まで完備している会社もあるようです。美しくありたいと願う女性たちがヨガポーズ を行いライフスタイルに取り入れることが定着した今、仕事に情熱を燃やす男性たちの間では瞑想を行うことが浸透しつつあります。
瞑想とはそもそもなんでしょうか?

瞑想という言葉の意味を辞書で引いてみると以下のように説明がされていました。
【瞑想とは心を鎮めて無心になること、目を閉じて深く静かに思いをめぐらせること】
なぜ目を閉じて無心になることが必要であり、世界中の人々がこぞってこの実践を行っているのでしょうか?
ヨガという言葉が初めて登場する古代の書物『ヨーガ・スートラ』は、ヨガの根本的な経典であるといわれていますが、実は瞑想の手引き書なのです。
しかしこの古い文献での瞑想の定義は難しくて複雑です。そして現代出版されている瞑想についての本も難しく、胡散臭く思う人も多くいるかと思います。あるいは精神世界の雰囲気も苦手な人がいるでしょう。瞑想についてもっとわかりやすく伝えたいなと思っている時に『10%HAPPIER』という本に出逢いました。
今回ご紹介する本は、米国ABC放送の人気キャスターであるダン・ハリスさんが自分のエゴと向き合い、頭の中で絶え間なく続くおしゃべりを黙らせ、自分の心に触れることで自己探究をして行くノンフィクションです。
なので、この本は瞑想のやり方についての専門書ではりませんし、よくある精神世界を肯定することが大前提のスピリチュアル本でもなければ、聞き飽きたお説教のような自己啓発本とも異なります。
ダンさんにはステイタスがありますが、あくまで普通の感覚の持ち主であることが文面から伺えます。現実的かつ懐疑主義であることを自認している彼が瞑想を始め、仏教的な物事の見方を身に付け、【慈悲の心を持ちながら社会的に成功を収めるということは両立するのか?】という議題に真っ向からぶつかります。
最終的に彼がABC放送の看板番組のメインキャスターに上り詰めるまでの奮闘ぶりが、ユーモアやジャーナリストらしい鋭いまなざしで語られています。

頭の中の声の主=エゴの存在が“今”を見失わせている理由

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ダンさんは戦場での取材の経験や、浮き沈みの激しい放送業界においてライバルとの競争によるストレスからドラックに手を染めてしまいます。社会的立場の責任感やドラッグが切れた時のパニック障害を更生しようと、精神科医の元にカウンセリングに通っていました。
ドラッグの影響から立ち直ろうとする中で、彼は宗教関係者の取材を手掛け、何名かの著名な宗教家へインタビューを行います。その後現代のスピリチュアルリーダーであるエックハルト・トール氏の著作『ニューアース』を読むことで、最初は毛嫌いして小馬鹿にしていたはずの精神世界への扉を開いていくのです。
エックハルト氏の著作の抽象的な表現にうんざりしながらも、ダンさんは以下のような気付きを得ます。
「トールによると、人間は生まれてから死ぬまでずっと自分の頭の中の声に支配されている。その声は、ひっきりなしに何かを考えている。ほとんどはネガティブな思考であり、同じことの繰り返しで、そして自分のことだ」

出典:ダン・ハリス著『10HAPPIER』

彼は頭の中の声の主、つまりエゴの存在をはっきりと認識したのです。エゴによって過ぎ去った出来事に執着し、起きてもいない未来の不安や期待に思いを馳せてしまうことで、「今現在」がないがしろになってしまっていることに気が付きます。一見したところ、成功しているような自分の人生が実は夢遊病者のようであり、何も考えず、ただ惰性で過ごしてきことを痛感したのです。
元々心配性でネガティブな心の傾向があるダンさんは、心的能力を向上できる方法を知りたい、そしてエゴが行う頭の中のおしゃべりを黙らせる方法を知りたいと思うのです。
ですが、エックハルト氏のどの著作を読んでも答えは見つからず、自らその答えを見つけるべく瞑想の実践へと導かれていきます。
ヨガの世界観では、頭の中で繰り広げられるおしゃべりの主である「エゴ(自我意識)」を本当の自分ではないとはっきり断言しています。頭の中で繰り広げられる思考は、常に勝手に動き回ってしまい、僕たちを望まない方向へ引っ張って行ってしまいます。
『ヨーガ・スートラ』の冒頭では、自分と思考とを切り離して考えないことが苦しみの原因となるのだと、以下のように記されています。
「思考が動き回ってしまうことに配慮をしないと、本当の自分と思考とを混同してしまうことが苦悩となるでしょう」

出典:『ヨーガ・スートラ』1章4節

では動き回って次々と浮かんでくる思考に対してどのような配慮を持つことができるのかをダンさんは探究していきます。

善良な人でありつつ社会的な成功を収めるのに必要なものは?

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彼は精神世界のリーダたちを取材しましたが、自分が求めるような回答が得られずに悶々としていました。そこで、まずは自らが瞑想の実践を深め、仏教の教えを学びました。
仏教の教えと現実的な彼の性質は上手く溶け合い、瞑想の実践の成果もあり彼の知性が徐々に輝き出します。懐疑心ではなく本質を見極める力が彼に備わってくる様子が伺えます。
以前は自分の昇格が気になって仕方がなかったダンさんですが、調和という能力を身に付けたために、仕事上重要なポジションにほとんど立たせてもらえないこともあまり気にはならないでいました。しかし、大きな事件やプロジェクトが立て続く中、自分がその渦中にいないことに疑問を思い、自分のボスに面談を申し入れたのです。
面談の結果、自分が腑抜けになっていたことに改めて気付きます。瞑想や仏教の学びから得たあるがままという姿勢は、上司から見ると能力はあるのに意欲に欠ける消極的な人物であると評価されていたのです。
彼は瞑想を実践することで頭の声に振り回されることがなくなり、以前よりは生きやすくなっていたものの、社会的に機能しない消極さが身に付いてしまっていました。
そこで彼は、【幸せで善良な人になりながら、世俗的な成功も得るにはどうすればいいのか】という問題に真剣に取り組むことになります。野心と平常心のバランスを模索している中、友人でもあり仏教の師でもあるマーク・エプスタイン氏に諭された一言は、彼が求めていた答えでした。
それは「結果に執着しない」ということ。自分自身がコントロールできることのみに集中し、自分にはコントロールできないことを見極めて手放す。この知恵こそが彼が知りたかったことであり、この物語のマスターピースでした。
その後のエピソードで、ダンさんがABC放送の看板ニュース番組のメインキャスターに抜擢され、昇進した様子が伝えられています。
彼が知った「結果に執着しない」という知恵は、『ヨーガ・スートラ』で述べられている、瞑想の効果を引き出すため必要なことの一つとして上げられているものと共通しています。『ヨーガ・スートラ』では「結果に執着しない」ということを以下のように表現しています。
「自然の法則を理解し、その流れに身を任せることによって瞑想の効果が深まります」

出典:『ヨーガ・スートラ』2章45節

目標や目的に対してできることを全て行ったとしても、その結果は自然や宇宙や神に委ねるという潔い態度が、ダンさんの成功体験の秘訣だったようです。
そしてこの潔い態度はヨガや瞑想の実践を通じて育み身に付けることが可能です。

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