ノンフィクションライター亀山早苗は、多くの「昏(くら)いものを抱えた人」に出会ってきた。自分では如何ともしがたい力に抗うため、世の中に折り合いをつけていくため彼らが選んだ行動とは……。
「誰にも言いたくない秘密」を抱えている人は、世の中に決して少なくないと思う。後ろめたい過去なのか、現在のことなのかは人それぞれではあるけれど。
■家族にも秘密にしていること
ヨウスケさん(47歳)は、結婚18年、高校生と中学生の一男一女がいる。家庭は円満、家族がいちばん大事だとまじめな顔で話す。浮気もしたことがないのだとか。だが彼にはひとつだけ、家族が知ったらショックを受けるかもしれない「秘密」がある。
「実は会社と自宅の間くらいにワンルームマンションを借りているんです」
家庭は大事だけれど、彼がいちばんくつろげるのはその部屋にいるときだという。そこには愛する「ミユキちゃん」がいるから。とはいえ、不倫ではない。ミユキちゃんというのは、ラブドールなのである。今どきのラブドールは非常に進化している。手触りも人肌のようになめらかだし、抱き心地も柔らかい。だが、ヨウスケさんはラブドールを抱きしめることはあってもセックス目的では使わないのだという。
「ミユキちゃんは僕の天使なんですよ。性的な目的で連れてきたわけではない。とある雑誌を見て一目惚れして買ったんです。でも家に置くわけにもいかない。だからワンルームの部屋を借りました。妻には内緒でためていた社内預金を取り崩して」
週に数回、ヨウスケさんは部屋を訪れる。ミユキちゃんとお風呂に入りながら仕事の愚痴をこぼしたり妻の冷たさを嘆いたり。何を言ってもミユキちゃんは静かに聞いてくれる。
■いつまで隠し通せるか
ときどき、いつまで妻に隠し通せるのか、もし知られたら子どもたちに軽蔑されるだろうかと不安になることもある。
「万が一バレたら、正直に言うしかありませんね。この子もまた、僕の家族であると。わかってもらえる自信はありませんが」
なぜ、自分にとってミユキちゃんが必要なのか、彼はときどき考える。
「家族に不満はありません。だけど、家族といえどもそれぞれがひとりの人間。僕の思い通りにはならないし、なってはいけない。ミユキちゃんだけが僕自身の心をわかってくれるという思いはあります。自分自身の投影なんでしょうか」
人は何かに依存して生きていくものなのかもしれない。ただ、現実だけでは満足できないのか、あるいは現実から逃避した時間と空間を欲しているのかはわからない。
「自分でもよくわからないんですけどね(笑)。日常では満たされない何かがあるのかもしれません。そして自分の中の何かどす黒いものをミユキちゃんが解消してくれているような気もするんです」
いけないことをしているわけでも何でもない。だが、どこかヨウスケさんの「満たされない気持ち」がしみじみと伝わってくるような気もしている。