ノンフィクションライター亀山早苗は、多くの「昏(くら)いものを抱えた人」に出会ってきた。自分では如何ともしがたい力に抗うため、世の中に折り合いをつけていくため彼らが選んだ行動とは……。
Mっ気のある男性は少なくないが、彼らは総じてプライドが高いらしい。ある日、とあるSM系のバーで見かけた男性が非常に興味深かった。
スーツ姿の彼は、大きなスポーツバッグを持って店に入ってきた。店の入り口で丁寧に一礼すると、「女王様」に案内されて別室へ。なんとなく気になって、彼が出てくるのを待った。しばらくたって出てきた彼は、パンツ一丁にスポーツバッグという姿。そしてフロアでバッグをあけてごそごそし始める。バッグから出てきたのは太い縄だ。そして自らを縛り始めた。店の女王様たちは、誰も彼に感心をもたない。
■自らを縛りつけるエリート会社員
「あの人、超有名企業で役職もついている人なんだけど、自分で自分を縛るのが趣味なの。縛っているときは見てはいけないので知らん顔しててくださいね」
女王様にそう言われ、みんな知らん顔を貫くが、私はちらちらと彼を見ていた。縛り慣れているのだろう、数分であっという間に自分を縛り上げた。額から汗がしたたっているが、満足げな表情だ。
彼はある女王様に声をかけた。2人の女王様が彼の元へ駆けつける。縛り上げるのは自分でできるが、吊すことは人の手を借りないとできない。そして彼は吊されている自分に陶酔するのが好みなのだという。
吊された彼の様子を見て、女王様が縛りの甘いところを指摘する。できる範囲で、もっとぎりぎりと縛り、鞭を振るう。見る見る彼の股間は盛り上がっていった。
■素顔は中学生の娘のパパ
15分ほどだろうか、鞭をふるわれた彼が全身を紅潮させて興奮しきったところで、彼は床へと下ろされた。
スーツ姿に着替えて席で静かにビールを飲んでいるタカユキさん(45歳)に話しかけてみた。
「自分を縛りたいと思ったのは、前につきあっていた女性がMだったから。彼女のために縛りを一生懸命勉強したんですが、あまりに気持ちよさそうだから、あるとき自分を縛ってみたんですよ。そうしたらセックスなんかよりずっと気持ちがよかった。気づいたんです、僕は決して彼女を縛ることを楽しんではいなかった。僕こそ縛られたいのだと」
緊縛ができる人に縛ってもらったこともある。だが、自分の好みをいちばん知っているのは自分。そこでひとり縛りをするようになった。
「だけど完成したところは人に見てもらいたい。素敵と言ってもらいたい。それでこの店に頼んでそういうことをやらせてもらっているんです」
緊縛に対してのこだわりは強い。だから他人の指図は受けたくないのだそう。プライドの高い人なのだろう。
「プライドじゃなくて美意識かな」
家庭では結婚して16年たつ妻との間にひとり娘がいるという。
「中学生くらいの娘は父親を嫌うというけど、うちは大丈夫。週末ごとに家族で出かけています」
にこやかに言って、娘の写真まで見せてくれた。
「ただ、オヤジがこんなことしているとわかったらとんでもないことになるでしょうね。だから縄やマイ鞭が入ったスポーツバッグは、ずっとジムのロッカーに預けているんです」
彼はビールをおいしそうに飲み干すと、また丁寧にお辞儀をして店を出て行った。