欧米の都市の中には路面電車やバスなどの公共交通がタダで乗れる街があるという話をよく聞く。日本での感覚では、電車やバスは運賃収入で経営を成り立たせていて、それが赤字であれば減便などのサービス低下や、最終的には廃止に至ってしまうなど、運賃無料などあり得ない話である。
ところが、欧米の多くの都市では、公共交通は、下水道や公立学校、図書館、その他のインフラと同じ扱いなので、赤字云々はあまり関係がなく、税金で維持すべしとの発想がある。道路も交通量が減ったからと言って廃止したりしないように、鉄道も利用しやすいようなサービスを維持すべしとの合意ができているのだ。
利用者が少ないから減便し、不便になるのでさらに利用者が減って、運賃を上げてさらに利用者が減る、…といった負のスパイラルに陥りやすい鉄道事業だが、欧米では日常生活に必要不可欠なものとしてしっかり認知されているのだ。無料ではない都市でも利用しやすいような料金設定やフリーパスが普及し、本数も多いため極めて利用しやすい。
■日本の儲け至上主義の鉄道はかなり異端…
一方、わが国の実情はというと、なぜか運賃収入ばかりをクローズアップして、サービスについてはあれこれ言わない風潮が強い。鉄道事業者が赤字にならないように減便したり、車両連結両数を減らして乗客を詰め込んでも、それほど問題視しないのである。適切な運行間隔やゆったり座れるのがサービス向上なのに、収支ばかりを問題にする。心地よいサービスをすれば、それほど儲けにはならないのは当たり前。それを認めない社会風潮は世界的には異端であると言っても言い過ぎではないのかもしれない。
このようなわけで、日本では運賃無料化は絶望的ではあるけれど、少しでも安価にしたり、部分的に無料化しようとする動きは皆無ではない。
東京の場合、地下鉄は2つの事業者、東京メトロと都営地下鉄が運行を担っている。毎日利用していれば、どの路線が東京メトロの路線で、どの路線が都営地下鉄線かは分かっているけれど、国内外から東京を訪れる人には分かりづらく混乱の元である。運賃が別建てで、東京メトロと都営地下鉄を乗り継ぐ場合は、割引制度はあるけれど、割高であることは間違いない。これなど、無料化以前に一本化して欲しい制度だ。
幸い、訪日観光客や、東海道新幹線、一部の航空会社利用で東京にやってくる人向けにTokyo Subway Ticketという共通パスがあり(24時間券=800円、48時間券=1200円、72時間券=1500円)、東京メトロと都営地下鉄の区別なく乗り放題なのは進歩であろう。
さらに進んで、JR線や私鉄各線にも広げてくれればストレスなく鉄道利用ができるのだから、事業者が連携して積極的に取り組んでほしいと思う。
無料化に関しては、東京都や政令指定都市の場合、シルバーパス、敬老パスがある。かつては、本当に無料だったが、今では財政難や世代間の不公平感解消を理由に、所得に応じで、いくらかの手数料を払う方式になっている。また、障害者や生活保護受給者に無料乗車券を発行しているけれど、これもとりあえずは、所得制限を設けたうえで利用者を拡大してもいいのではとも思う。悪用を懸念するのであれば、回数券方式で枚数制限するのも一案であろう。
鉄道利用促進のために自治体が金銭的援助をする試みとして注目したいのが、群馬県の東武桐生線利用促進社会実験である。東武桐生線(太田~新桐生~赤城)の昼間の列車本数は1時間あたり普通電車1本、特急「りょうもう号」1本と少ない。そこで、桐生線区間内の利用に限って特急料金を補助するという。こうすれば、乗車券のみで利用できる電車が1時間あたり2本、ほぼ30分に1本となり利便性が向上する。あくまで期間限定の社会実験だが、自治体が金銭的援助をするというのが目新しい。全面無料化は難しいが、現状での精一杯の取り組みと評価したい。
クルマ社会になって久しいけれど、少しでも鉄道をはじめとする公共交通の利用促進を促すため、無料もしくは低廉な価格で乗車できるような取り組みは、もっと多くなってもいいのではないかと思う。