よほどものほしそうな顔をしていたのだろうか。今年、北海道の十勝にあるマッシュルーム生産者のところに伺って、採りたてのマッシュルームをもりもり食べていたら「生で食べて大丈夫なきのこはマッシュルームだけです。そのマッシュルームにしても、新鮮なもののみ生食可能だと考えてください」とクギを刺されてしまった。
少し前、とある宿の「きのこのフルコース」を紹介したツイッターアカウントが「(この宿は)食材が新鮮なので、生でしいたけが食べられるんですよ」と発信していた。このツイート自体は2017年春のものだったが、今年の秋になって食中毒リスクが指摘され、きのこクラスタのみなさんが一斉に反応。「きのこの生食危ない」「新鮮だと生で食べられる、という誤解」という引用・返信が相次いだ。
結果、ツイートは拡散し、その宿は生食メニューの提供を止めたという。ただ実際のところ、きのこの生食は何がどんなふうに危ないのか。改めて検証してみたい。
まずtogetter上で紹介されていた「きのこの生食危ない」件について。一連のツイートのなかで紹介された「シイタケ皮膚炎」論文は1992年に発表されている。1974年から1991年までの期間に、生焼けのしいたけを食べて皮膚に炎症を起こした51人について調査したものだ。消化器系や神経系の症状を呈した患者はおらず、ほとんどの患者は2日~2周間程度で状態の改善が確認されたとある。
もっともうち一人は回復するのに38日を要したという。生焼けとはいえ、一定の熱が加えられたしいたけでも症状は出ているわけで、そのうち2%は1か月以上の加療が必要な状態に陥っている。しいたけの生食を決して甘く見てはいけないのだ。
そのうえ厄介なことに、シイタケ皮膚炎は原因物質の確定には至っていないという。一説には常温で昇華する成分が関与しているという説もあるが、この症状は一定の加熱を加えたシイタケでも発症することもある。
2001年、乾燥しいたけに味つけをしてスナックのように食べる健康食品を食べた60代女性2人と40代男性1人に「シイタケ皮膚炎」の症状が確認された。近い時期に60代男性と70代女性も製造工程で熱を加えたしいたけスナック菓子で発症しているし、健康番組で「干ししいたけの戻し汁」が取り上げられたときに発症例が急増した例も報告されている。リスクがある以上、「生」はもちろん「生焼け」「戻し汁」にも注意が必要なのだ。
取るべき対策としては「十分な加熱」。シイタケ皮膚炎は十分に煮たしいたけでは発症しないことから、原因となるのは「加熱により容易に破壊される物質」と言われている。いまだそのメカニズムは解明されていないが、症状の原因物質や仕組みが完全には解明されていない以上、リスクを回避するには加熱するしかない。
「加熱重視」はしいたけに限ったことではない。なじみ深いきのこならエノキタケにもフラムトキシンという強心作用やO型赤血球を破壊する溶血作用のあるタンパク質が含まれている。身近なエリンギや舞茸だってシアン産生菌と言われる類の「菌」であり、少量の青酸化合物を産生することもある。生食にリスクがあることは覚えておく必要がある。といってもむやみに恐れる必要はなく、きちんと加熱すれば安全に食べることができる。
日本人は、ときに生食に対して過剰とも思える憧憬を抱く。現代の生産・流通を考えると決して生では食べられないはずの鶏肉を平気で鳥刺しにし、ご禁制の品であるレバ刺しも"闇刺し"の摘発が後を絶たない。最古の和歌集である「万葉集」にもタイの刺身が登場するお国柄だから仕方がないのだろうか。だが、粋や美味は安全あってのもの。人類や日本人が経験則として積み上げてきた食の安全を、誰かの思いつきで台なしにしてはならない。
ちなみにきのこの旨味の素となるグアニル酸は45~60℃の温度帯を通過するときに分解され、60~70℃の温度帯でもっとも増える。きのこの旨味は熱を加えると増幅される。やっぱりきのこは加熱するに限る。