山手線の座席に座っていると、右隣にいた女子大生風の若い子が不機嫌そうな顔で「横のおっさん超タバコ臭い」とスマホのLINEに打っているのが、チラリと覗き見えた。その子のまた右隣は60代くらいの婦人だったので、「おっさん」というのは、つまりが私のことである。
この日の私は渋谷のパチンコ屋・エ○パスで『北斗無双2』を3時間ほど打ってから家に帰る途中であった。小当たりはしても連チャンしない……の繰り返しで、勝ち負けはトントンという微妙な戦況のなか、ついつい咥えタバコの本数は増えるいっぽうで、となりのおばちゃんもヘビーなスモーカー……そりゃあタバコ臭くもなるだろう。たしかに我ながらも臭いと思った。けれど、一昔前の電車内なら、それくらいのタバコ臭をぷんぷんただよわせているヒトはもっとたくさんいたはずで、少なくとも「自分がタバコ臭い」とは気づきすらしなかったのではなかろうか。
愛煙家にとっては世知辛い時代になってしまったなぁ……と、そんなことを言いたいのではない。タバコ臭がいつの間にか「異臭」として一般認識されるようになり、「悪臭」のレッテルをも貼られて“際立つ”時代になった……と、私は言いたいのだ。
ただ、この「悪臭」は「タバコ」という明確な起因があるから、まだわかりやすくていい。女子大生風の若い子に嫌われたくないならタバコをやめれば済むわけだし、嫌われることも厭わず「法律で禁止されてないでしょ」と開き直るなら、然るべき場所でガンガン喫煙すればいい。
しかし、コイツが私ら初老だけじゃなく、もはや30代の男女までもが“みずからの発散”に過敏な反応を示しつつある「加齢臭」だと、少々やっかいになってくる。なぜやっかいなのか? それは、タバコと違って「具体的にはどんな悪臭なのか?」が、いまだ曖昧なまま特定され切っていないからである。
「加齢臭 どんな匂い」でネット検索してみると、「蝋燭の匂い」「古本の匂い」「新聞紙の匂い」「酸化した油の匂い」「古いポマードの匂い」「ブルーチーズの匂い」「青臭い匂い」……なんて例えがズラリと並ぶ。どれもあまりピンとこない。まるで、ヤル気のないソムリエから2種類ほどしか置いてないハウスワインのおざなりな解説を聞いているかのごとくだ。
こういった、なかなか尻尾を掴み切れない“難敵”と五里霧中の状況で我々が日夜格闘し続けているさなか、また“新しい敵”が登場した。大手化粧品会社『資生堂』が発見したという「ストレス臭」なる「悪臭」である。
『日経デジタルヘルス』によると、「人に心理的ストレスが加わると皮膚ガスとして放出される特徴的な匂い」らしく、主要成分は「ジメチルトリスルフィド」と「アリルメルカプタン」の化合物(※同社はこの2成分を「STチオメタン」と呼んでいる)で、おもに手から発散され、「ラーメンにトッピングされたネギのような匂い」……なのだそう。
前述した加齢臭の例えよりは心もち具体的ではあるものの、こんな匂い(実際にネギラーメンとかを食べた直後とかは別として)、私は自分からも他人からも嗅いだおぼえがない。
おそらく、現時点では「言われてみれば匂うような匂わないような…」レベルの微々たる香りでしかないに違いない。が、「ストレス臭」と命名され、その匂いが「悪臭」と特定されることによって、近い将来に人間の鼻はこれを嗅ぎ分けるだけの鋭敏さを身につけるほどに進化してしまうかもしれない。そうなれば「ストレス臭を消すことにストレスが溜まってしまい、逆にストレス臭が発散される」といった本末転倒な事態をも巻き起こしかねないのではないか?
ややこしくて複雑な、“体臭ソムリエ”を必要とするような「悪臭」を次々と発見するのは正直もうやめてほしい。「タバコ臭い」「雑巾臭い」「汗臭い」「口が臭い」……と、指摘されたらすぐ注意を促せる類のスメハラばかりが嫌悪されていたころが懐かしい……。