■エンタメ界をにぎわす“カメレオン俳優”たち
“カメレオン俳優”という言葉がエンタメ界をにぎわせている。説明するまでもないが、“カメレオン俳優”とは自らのすべてを役に合わせて変えられるプレイヤーのこと。こう聞いてすぐに思い浮かぶのは山田孝之、中村倫也、菅田将暉、志尊淳といったところだろうか。
いやいや、彼を忘れてはいけない。現在、ドラマ『探偵が早すぎる』(日本テレビ系列)で主人公の探偵・千曲川を、そしてNHKの朝ドラ『半分、青い。』ではヒロインの父・宇太郎を演じている滝藤賢一その人だ。
『探偵が早すぎる』では5兆円の遺産相続権を持つ一華(広瀬アリス)を守るため、つねに彼女に張り付いて殺人計画を未然に防ぐ風変わりな探偵を「神のものは神に、カエサルのものはカエサルに!」の決めぜりふとともに好演。個性的かつおしゃれなファッションに身を包み、とらえどころのないキャラクターを魅力的に演じている。
一方『半分、青い。』では破天荒な娘を応援する食堂の主人・宇太郎役。昭和の厳しい父親像とは真逆の飄々としたたたずまいで、ドラマ内の空気を和ませる。五平餅を売るカフェを出店する際には、子どものころから憧れていた漫画「ドンキッコ」の汽車型店舗を提案し、はしゃぎ過ぎて妻に家出をされるというトンチンカンな一面も。
■無名塾での修業時代から映像へ
昨今、アラフォー前後でブレイクを果たす俳優の多くは舞台……特に「小劇場」と呼ばれる劇団の出身だ。主演も助演も両方いけるプレイヤーになるとその傾向は顕著で、例えば「劇団☆新感線」の古田新太や渡辺いっけい、「ナイロン100℃」の大倉孝二、「カムカムミニキーナ」の八嶋智人、そして堺雅人ももとはインプロ(即興劇)の劇団の舞台に立っていた。
滝藤賢一も「小劇場」とは少し違うが1998年から俳優・仲代達矢主宰の「無名塾」に9年間所属。「無名塾」といえば役所広司や若村麻由美らを輩出した仲代の私塾で、入所試験の倍率の高さや稽古の厳しさには定評がある。
演劇の世界で身を立てていくのは非常に厳しい。映像のワークショップへの参加を機に、滝藤は2007年「無名塾」を退所。2008年、原田眞人監督からの声掛けで映画『クライマーズ・ハイ』に出演し、過酷な状況の中で精神が崩壊していく記者・神沢周作役を演じる。この作品で注目を浴び、映像の仕事が激増する中、2013年にドラマ『半沢直樹』の銀行員・近藤役で大ブレイク。2014年にはテレビ東京『俺のダンディズム』でドラマ初主演を果たした。
■「ここまでやる?」なキャラクター構築
今やドラマで彼を見ないクールはないと言っていい売れっ子だが、どの作品を観ていても役にぴったりハマり過ぎて、まったく“素の滝藤賢一”が想像できないのが面白い。
ある時、何気なくつけたバラエティ番組で芸能人の「行きつけの店」と「行きつけではない店」をロケに同行したタレントがあてるという企画をやっていたのだが、滝藤は本番前の機材チェックの時間から本当は「行きつけではない店」の店主とさも常連のように会話を交わし、100%共演者を煙に巻いていた。
“素”を見せるバラエティでもこのレベルなのだから、役に入った時は観る側の想像を絶するレベルでキャラクターを構築しているのだろう。映画『ゴールデンスランバー』で主役を演じる堺雅人の整形手術後を演じた際は、台本の堺のせりふをすべて覚えて撮影に臨んだそうだ(その映画での滝藤の出番はラスト近くのみ)。
さらに、極限まで役の構築、キャラクター造形を徹底させながらも、撮影現場ではそのこだわりを軽々と捨て、監督や共演者のオーダーを柔軟に受け容れるとも聞く。じつはこれができるプレイヤーはなかなかいない。遅咲きのブレイクともなれば自身の役作りに対してこだわりが強くなり、頑なになる人も多いからだ。だからこそ彼の綿密でありながら柔軟な姿勢は多くのスタッフや共演者から愛され、尊敬されてさまざまな現場で引っ張りだこになるのだろう。
猟奇的な殺人犯、おっちょこちょいの父親、病気の妻を献身的にサポートする夫、クセの強過ぎる刑事、大企業のトップ、気弱な銀行員……なんの資料も見なくとも、一瞬でこれだけのキャラクターが浮かぶ俳優は他にいないかもしれない。まさに“究極のカメレオン俳優”である。
最終回を迎える『探偵が早すぎる』ではラスボス・大陀羅朱鳥(片平なぎさ)相手にあの決めぜりふをどうぶつけてくれるのか……カエサルとともに楽しみに待ちたい。