じつは、私たちがビールを口に運ぶまでに、何度も試験醸造を行ったうえで、世に出したいと思ったたったひとつの商品が届けられるのです。
普段なかなか見ることのできない秘密の部屋を探索しつつ、パイロットプラントでの試醸を経てこの春新たに生まれ変わった『SPRING VALLEY 豊潤<496>』の開発担当・東橋さんにも、その裏側をたっぷりと聞いてきました!
「パイロットプラント」ってなに?
パイロットプラントに潜入する前にまず、キリンビールの歴史を辿ってみます。1853年にペリーが来航。1860年に日本に初めてのビールが輸入されてから10年後の1870年に、ノルウェー生まれのアメリカ人、ウィリアム・コープランドが開港間もない横浜の地でビール醸造所「スプリングバレー・ブルワリー」を設立しました。
私たちの知る「SPRING VALLEY 豊潤<496>」は、「スプリングバレー・ブルワリー」の意志を引き継ぎ造られているのです。
今回訪れたパイロットプラントは、1984年から試験醸造を開始しました。pilot(パイロット)=水先案内人という意味で適切な進路をとることから、試験醸造施設をこう呼びます。
1990年に初めて発売された『キリン一番搾り生ビール』や季節限定の『キリン秋味』、『淡麗極上〈生〉』、『キリン のどごし〈生〉』や『本麒麟』などなど、私たちが手に取り購入できるキリンビールのビール類、ノンアルコールビール商品はすべて、パイロットプラントでの試験醸造を経て造られているのです。
ではさっそく、謎に満ちた秘密の部屋「パイロットプラント」に潜入していきましょう!
キリンビールの秘密の部屋「パイロットプラント」に潜入!
今回パイロットプラントを案内していただいたのは、キリンビール株式会社マーケティング部商品開発研究所中味開発グループの東橋鴻介(とうはしこうすけ)さんと、キリンホールディングス株式会社 飲料未来研究所の大和幸昌(おおわゆきまさ)さん。
東橋さんは、「SPRING VALLEY 豊潤<496>」(以下、スプリングバレー)のリニューアルを手掛けた方!
ー今日はよろしくお願いします!
東橋さん
と、渡されたのは、真っ白な白衣と衛生帽子にヘルメット。マスクはもちろん、靴にもシューズカバーをつけ、ほこりやチリを落とさない格好に。
パイロットプラントについてのお話を伺いながら向かいます。
東橋さん
ーキリンさんほどの大ビール会社だと、すごく大きいタンクでビールを造るイメージをしていて。実際に醸造所見学ツアーでもすごく大きなタンクを見たことがあるんですが、パイロットプラントのタンクはどれくらいの大きさなんですか?
東橋さん
ー350ml缶だと、200リットルは約571本…2キロリットルなら約5,714本!!いや、それでも大きい…!
東橋さん
ーなるほどなるほど。実際に工場で造るときの麦芽やホップの量って、パイロットプラントで使った量から単純に何倍にしたらいい、ってものでもないんでしょうか?
東橋さん
ーちなみに、パイロットプラントで醸造する段階で、まったく想像とは違う味わいができてしまうことってあるんですか?
東橋さん
ーパイロットプラントの話に戻りますが、200リットルと2キロリットルのタンクって、どうやって使いわけているんですか?
東橋さん
ー試譲って、例えばホップを少しずつ変えて同じタイミングで醸造して、完成したビールを比べて飲むとか、そういう流れで行っているんですか?
東橋さん
ーなるほど。他の製品の試譲も行いますもんね。
東橋さん
ースプリングバレーが初めて発売されてからリニューアルまで1年ですよね…そんなタイトなスケジュールでできたのがすごい…!
東橋さん
撮影NGな秘密の部屋は、麦をお湯に入れ麦汁にしたり、ホップを入れて煮沸したり、主に熱をかけて仕込みの工程をする場所。そのため、部屋の中は熱気が充満していました。
ー熱いですね!あと、想像していたよりも小さい部屋でびっくりしました…!パイロットプラントの中のもので、ビール工場と違う点って何かありますか?
東橋さん
ーなんだか実験室みたいです。この木の棒は、麦汁を攪拌するものですか?
東橋さん
このとなりには麦汁をろ過する設備や、ろ過後の麦汁を煮沸する釜、麦汁の中の不要物を取り除くワールプールタンクなどの部屋があります。
では次に、発酵タンクへ向かいましょう。この部屋は撮影OKです。
ーすごい!タンクがたくさん!圧巻ですね!!
東橋さん
ー煮沸時でもなく発酵後でもなく、この段階で入れるんですね…海外の醸造家の方も「クレイジー!」と言った製法…!
東橋さん
ーなるほど!醸造タンクのときもでしたが、私たちが今見ているタンク、じつはのほんのちょっとの頭の部分で、私たちが立ってる網の下にもずどーんとタンクが伸びているんですよね。一見かわいくて小さく見えるんですけど意外と大きい…!
東橋さん
ータンクの中も見せてもらおう…あ、こっちのタンクは泡がぶくぶくしていますね。あっちのはもう泡もおさまっているみたいです。
東橋さん
ーなんのビールが造られてるんだろう。一番搾りのリニューアル?もしかしてさらにスプリングバレーをまた改良しようとしている?
東橋さん
ーですよね(笑)でもここからまた新しいビールができるのかもしれないと思うと気になります…!あ、発酵タンクの隣には貯蔵タンクがありますね。
東橋さん
ー一番最初に味わえるなんて、なんだかわくわくしますね。
東橋さん
たっぷりパイロットプラントを見学させていただいたところで、スプリングバレーのリニューアルを担当された東橋さんに試験醸造でこだわったポイントや商品が完成するまでのエピソードなどを伺いました!
「SPRING VALLEY 豊潤<496>」リニューアルの裏側を担当者に聞いてみた
ースプリングバレーって、2021年3月に華々しく世に出てきたっていう印象があって。実際に私のまわりでも飲んでいる人が多く、味わいも好評なんだろうなっていう肌感があったんです。そんななか、1年でリニューアルされたことにびっくりしたんですが。
東橋さん
ー具体的には、どんな風に変わったんですか?
東橋さん
ーこれまでホップは4種使っていたそうですが、リニューアル後は新しく日本産ホップ「IBUKI」も加えた5種のホップを使用して造られているんですよね。
ここで、取材の日に遠野でホップの苗づくりをしていた、飲料未来研究所でホップの研究をしている杉村哲(すぎむらてつ)さんにもオンラインでお話を伺いました!
ーIBUKIの香りの特徴って何ですか?
杉村さん
ーピュアな香り!「IBUKI」の特徴は、今回のスプリングバレーにどのように反映されているんですか?
東橋さん
ー奥ゆかしいって面白い。全体的には香りと味わいのバランスがよくなって、飲みやすくなったんですね。
東橋さん
ーホップが4種からIBUKIが加わって5種になったということなんですが、スパイス的にもうひとつ入れればいいものでもないではと思ったんですが。その辺のバランスの調整で苦労したところはありますか?
東橋さん
ーやっぱりホップが今回のリニューアルの肝だったんですね。日本産ホップはもともと入れたいという思いはあったのでしょうか?
東橋さん
ーなるほど。でも、ホップは海外のものが多いというイメージはやはりあるので、日本産ホップが入っているというのはやっぱり気になる要素ではありますよね。
東橋さん
ー今回、すでに全国的に飲まれてるビールに、一部ではあったとしても、日本産ホップ「IBUKI」が入りました。すると、情報だけじゃなく味わいや香りも一緒に広がっていくのかなと思ったらなんだか素敵だなと思ったんですが。杉村さんはどう思いましたか?
杉村さん
今回東橋さんたちが開発し、リニューアルした商品は、日本産ホップを使い、その特長を活かすことによって、多くの方に日本産ホップの良さをしっかりと感じてもらえる商品になってるのかなと思っていて。
日本産ホップと日本産ビールの魅力が、もっともっと多くの人に伝わってほしいですし、もっと望むなら、もう日本産ホップ100%みたいな私たちならではのビールを開発していけたらいいのかなって思っています。
ー日本産ホップ100%ビール!実際に造るとなると、畑を広げなくちゃいけないなど、いろいろと課題があるんですか?
杉村さん
■スプリングバレーリニューアルの苦悩も聞いてみた
ースプリングバレーがもともと好評というなかで、担当に抜擢されたときの気持ちやプレッシャーってありましたか?
東橋さん
ーその心境、もう全然想像ができません…。
東橋さん
ーはじまってからは緊張の場面とかってあったんですか?
東橋さん
ーちょっと眠れなかったりとか?
東橋さん
ー実際東橋さんが手がけたスプリングバレーがお客様の手に渡りはじめて、心境はいかがですか?
東橋さん
ー楽しんでもらっている実感でいうと、たとえばSNSとかってチェックしますか?
東橋さん
ーそれは…精神面が強くないと、耐えられないですね。
東橋さん
ーひと仕事終えて、次への展望ってありますか?
東橋さん
ーほっと一息はつきつつ、次はどうしようかと。終わりのない戦いを続けてらっしゃるんですね。
東橋さん
ビールって完全に嗜好品なんです。なので、皆様の好きな通りに飲んで、おいしい、おいしくない、それでいいのかなと私も思っています。自由です。ビールは楽しむものだと思うので。
取材後、家に帰宅してから、「SPRING VALLEY 豊潤<496>」を味わってみました。
確かに、落ち着いた爽やかな香りがバランスよく味わいと交差して、するすると飲めてしまう飲みやすさがありながらも、豊潤でコク深さも感じる味わいでした。
「おいしい、まずい、それでいいのかなと思っています」と東橋さんはおっしゃっていましたが、飲みやすさをさらに追求して造ったとのこと。
さらに、いただいたスプリングバレーのリニューアル前の資料に、「クラフトビールは色んな好みがあっていいと思いますが、キリンがやるなら10人飲んだら10人おいしいと言ってほしい」ということばを見つけ、キリンという大ビール会社が抱えているものの大きさにぐっとくるものがありました。
もちろん、実際に飲んでみて、好き、嫌いはあってしょうがない。でも、たくさんの人においしいと感じてもらいたいという思いを持って造ったこと。私たちが手にするビールは何度も試譲を重ね、一つひとつ人の手が加わり、さまざまな思いが交わって形になっていると考えたら、“いつものビール”が、より特別な存在に感じられるのではないでしょうか。
飲む人の日常においしさを、豊かさを与えてくれる「SPRING VALLEY 豊潤<496>」。リニューアルした味わいを、ぜひ味わってみてください。
『SPRING VALLEY 豊潤<496>』
- 〇アルコール度数:6%
- 〇容量・容器:350ml缶、500m缶、330mlびん、1L・3Lペットボトル、15L樽
- 〇価格(消費税抜 希望小売価格): 350ml缶:248円、500ml缶:330円 ※2022年6月現在
- 〇URL:https://www.springvalleybrewery.jp/
- 〇醸造所:キリンビール横浜工場・滋賀工場