starthome-logo 無料ゲーム
starthome-logo

大石まどかが歌手デビュー35周年 大御所作曲家の船村徹氏の仕事場に住み込んだ最後の女性歌手


【写真】周年の「35」を両手でつくる大石まどか(撮影・笹森文彦)

演歌歌手の大石まどか(54)が、デビュー35周年を迎えた。10月28日に記念曲「行き暮れて(ゆきくれて)」(作詞・星川裕二、作曲・杉本眞人、編曲・佐藤和豊)を発表する。大手のサンミュージックプロダクションから、1992年(平4)2月にデビューした。大御所作曲家の船村徹氏(17年に84歳で死去)の仕事場「楽想館」(栃木県日光市)で、寝食を共にした最後の女性歌手でもある。2回連載の第1回は「大石まどか誕生」。

  ◇  ◇    

北海道函館市で生まれた。坂道の多い、異国情緒あふれる港町である。

幼稚園の卒園アルバムに、担任の先生が「まどかちゃんが歌い手になることを楽しみにしています」と書いてくれた。

大石 もうそのころから歌手になるって思っていたんです。小学生になると、松原のぶえさんが好きになって、のぶえさんの歌は多く歌っていましたね。

父は民謡の師範で、大石も幼少から民謡を学んだ。プロ歌手になることを応援してくれた。

大石 父は自分が歌手になりたかったから、私を歌手にさせようと洗脳し続けたんです(笑い)。大学に行きたいって言ったら、激怒しましたから。

16歳の時、「全日本ヤング選抜 スターは君だ!」(文化放送主催)の北海道代表になった。決勝大会で入賞はできなかったが、数々のスカウトを受けた。

大石 オーディションもあって、サンミュージックさんに入れていただきました。高校卒業と同時に来てくださいって。それで平成3年(91年)3月3日から、会長(相澤秀禎氏)のお宅に下宿したんです。

相澤会長は「タレントと社員は大切な家族」という理念を持ち、新人は自宅に下宿させることが多かった。

大石もその1人だったが、もう1カ所で“住み込み”を経験した。作曲家・船村徹氏のふるさとの栃木県にある仕事場「楽想館」(日光市)である。

船村氏は、戦後初のミリオンセラーとなった「王将」(村田英雄)や「みだれ髪」(美空ひばり)など数々の名曲を生み、歌謡曲の作曲家として初めて文化勲章を受章した。

レコード会社のディレクターが、大石のデビュー曲を船村作品にしようと考え、サンミュージックと話し合って、楽想館で“修行”をさせたのである。

楽想館は広大な敷地に建つ8LDKの白亜の洋館で、鳥羽一郎、天草二郎、走裕介、村木弾らが住み込みで内弟子生活を送った場所である。

大石 女性のお弟子さんはだいたい奥さまの家に下宿するんですけど、私は楽想館に行きなさいって。たぶん、私が最初で最後かもしれません。10日間いて、会長宅に戻るを繰り返していました。約1年間、東京と栃木を行き来する生活でした。

船村氏は「ひとりの歌い手である前に、ひとりの立派な人間であれ」が信念だった。なのでレッスンはほとんどしない。楽想館の生活から学ぶのである。

大石 午前5時に起きて、料理は先輩の仕事で、私は目をこすりながらはしを並べました。18歳でしたから、朝シャンとかしたいのに(笑い)。

時には船村氏のライフワークでもある女子刑務所の慰問にも同行した。

函館から出てきたばかりの大石は、会長宅の下宿と楽想館の住み込みで、社会の縮図を気づかぬうちに学んでいた。

92年2月、大石は本名の大石円として「恋のしのび雨」(作詞・石坂まさを、作曲・船村徹、編曲・丸山雅仁)でデビューした。

イントロから船村メロディーと分かる、逢瀬(おうせ)の歌である。

大石 心臓の鼓動よりも遅いテンポで、当時でもめずらしい4行詩でした。難しかったですが、とても光栄でした。

第23回日本歌謡大賞、第25回日本有線大賞など数々の新人賞を受賞した。

35周年の今につながる1歩を踏み出した。【笹森文彦】

◆大石(おおいし)まどか 本名・大石円。1972年(昭47)9月8日、北海道函館市生まれ。代表曲は「春遠からじ」「朝霧情話」「居酒屋『津軽』」「茜の炎」「待ちわびて」など。98年にフジテレビ系「爆笑!ものまね王座決定戦スペシャル」で、工藤兄弟、松村和子とのユニットで優勝。20年に日本作曲家協会音楽祭で特別奨励賞を受賞。趣味はネイルアート、ゴルフ、犬の散歩。特技は社交ダンス。血液型B。

    Loading...
    アクセスランキング
    game_banner
    Starthome

    StartHomeカテゴリー

    Copyright 2026
    ©KINGSOFT JAPAN INC. ALL RIGHTS RESERVED.