
<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>
16年ぶりの主演映画「父と僕の終わらない歌」(小泉徳宏監督)が公開中の、寺尾聰(78)をインタビューした。6月1日付本紙芸能面に掲載し、ウェブにも配信された原稿の中で、取材の冒頭で、寺尾から「えっ、録るの? よせよ。やめてくれる」と、机の上の録音機材を止めるよう訴えられたことを書いた。その1件で、記者も気付かされたことがあった。
記者は、まず、寺尾に「コメント、間違えて書きたくないので」と伝えたが、すかさず「俺は、間違えていいから」と切り返された。そして、こう言われた。
「俺の言葉を書き起こされると、つまんないんだよ。この役者が、こうだった、というのが反映されていない気がする。記者の役をやった時、記者は何を俺から探ろうとしているのかと思い始めたんだけど…ほとんどが映画のちらしに書いてあることをまとめたような、つまんない原稿。だったら、ちらしでいいじゃないか?」
「つまんない原稿」「ちらしでいいじゃないか?」という言葉で、心の導火線に火が付き「じゃあ、原稿の1行目から『録音、やめろ』と言ったことを書きますよ」と返した。俳優として日本アカデミー賞最優秀主演男優賞、歌手として日本レコード大賞を受賞した唯一の存在である寺尾に対し、売り言葉に買い言葉も甚だしい態度を取ったことに対し、現場は緊張感が高まった。周囲からは「また、言っちゃったよ」「やっちゃったなぁ…」というような雰囲気も漂っていた。
そんな雰囲気を振り払ったのは、寺尾の振る舞いだった。椅子から身を乗り出すと「それでいい」と言い、初めて笑顔を見せた。寺尾の要請を受け入れ、インタビュー開始から29秒で録音はやめた。そして、一定の緊張感はありながらも、取材は進行し、無事に終わった。
この日は別のメディアの取材も組まれており、それ以前にも寺尾は幾つかのメディアの取材を受けていたが、録音することを止めたことはなかったという。関係者も「寺尾さんが、なぜ録音しないよう言ったのか、理由が分かりません」と驚きを隠せなかった。一部の関係者は「長年、さまざまな取材を受ける中で、ずっと疑問に感じ、積もり積もっていたものが寺尾さんの中にあって…村上さんの顔を見て、言ってみたら、何とかするんじゃないか、と思われたのではないですか?」と推測していた。
取材時間がそれほど長くなく、取材後に初日舞台あいさつも控えていたため、寺尾が前の取材を終え、こちらの取材の卓に座ろうとした段階で即、取材をスタートできるよう、机の上に録音機材は置いていた。ただ、どの取材でもノートやペン、カメラ含め、取材に使う機材は机の上に置いてスタンバイするもので、特段、寺尾にプレッシャーをかけたとも思えない。なぜ、寺尾が記者の取材機会だけ、録音を止めたのか、今も理由は分からない。
ただ、取材しながらも、寺尾が口にした「俺の言葉を書き起こされると、つまんないんだよ」という言葉が、何度も脳裏にちらついた。確かに、近年の芸能メディアのインタビューを広く眺めても、寺尾が指摘したように、単に録音した取材対象者の言葉を、だだ流したようなものが少なくない。「この役者が、こうだった、というのが反映されていない気がする」という言葉通り、メディアと観客を呼び込んで開催する、舞台あいさつで話したのと同じような内容が、そのまま書かれているような原稿も散見される。
記者は、インタビューした際、録音した音声を全て書き起こさないし、書き起こしたものを貼り付けたような原稿は書かないようにしている。頭の中に聞いた言葉は入っているし、何より脳裏に残っている空気感、取材対象者の目の色、声色といった、現場で向き合って受け止めたものを大切にし、それらを原稿に書きたいからだ。録音した音声を全てを書き起こしてしまうと、それに引きずられてしまい、人と人として向き合った温度感、生感が、かえって損なわれてしまうような気がするし、そのことに嫌悪感すら感じるからだ。
録音した音声を聞き込んで書く場合もあるが、それは極めて限定的だ。具体的には、話の内容が込み入っているか、専門的な用語が複数回、出てきた場合。また、センシティブなことに言及した場合や、私的な要素が濃いことを言及した場合も、事実関係、声のトーンを含め、話した際のニュアンスを正確に伝えたい、事実関係を間違えたくないので、録音した音声を聞き返す。
録音する主な目的は、インタビューの際、話を聞きながらノートに書くと、どうしても速記になり、字が汚くて読めない箇所が出てしまい、結果的に内容を落としてしまう懸念が拭えないからだ。もっと言えば、昨今、SNSの普及がさらに進んだせいで、タレントや所属事務所から、コメントを正確に書いて欲しいとの強い要請を受けることが多くなった。その点も勘案し、録音した音声を聞き返す機会が増えているのも、また事実だ。
今回、寺尾に録音をストップされたことで、特段、聞き方や取材の仕方を変えてはいないし、ノートに急ぎ書いた字も、相も変わらず汚いが、インタビュー原稿は、取材したあの日の出来事、寺尾の発言ともに問題なく書き込めた。取材から3週間が経過したが、寺尾の言葉、空気感…その全てが脳裏に鮮明に残っている。
記憶は時の流れとともに、おぼろげになっていくことは止められないにしても、本質的な部分、強烈なものは残る。寺尾は「あなたの言葉で、書いて欲しいと言っているんだ。記者として、どう感じたかを書けば良い」とも言ったが、記者が自分の言葉で書いたものは、終生、残るに違いない。そういうことを、寺尾は言いたかったのではないか、と今は受け止めている。
紙面が発行された当日の朝、寺尾は即、紙面を読み、関係者を通じて感想を寄せてくれた。その内容は、私信に当たると思うので、ここでは触れないが、改めて、ありがとうございました、と伝えたい。紙面を読んでくれたこと…そして、メディアとして、まっとうに生きることを、諦めるなと言ってくれたことに…。【村上幸将】