
ラミ・マレックが「ボヘミアン・ラプソディ」でフレディ・マーキュリーに成りきったように、自伝映画といえば本人に寄せた演技が注目される。
イギリスの国民的歌手ロビー・ウィリアムズ(50)の自伝ミュージカル「BETTER MAN/ベター・マン」(28日公開)は、そんな先入観を覆すように異色のアプローチで撮影された。
主人公はサルなのだ。
「グレイテスト・ショーマン」(17年)で監督デビューしたマイケル・グレイシーがその経緯を明かしている。
「ロビーは唯一無二の人であるとともに希代のストーリーテラーでもあるんです。話を聞くうちにリアリティーに加えて不思議さとファンタジックな物語になると思いました。そして、彼が何度も自分のことをサルと表現することに注目しました。『僕はサルのように後ろで踊っていた』とかね」
ロビー自身の動きをキャプチャー(コンピューターにデータを取り込む)したのを元に、ロビー役のジョノ・デイヴィスが演じ、これをさらにキャプチャーして劇中のサルが仕上がった。
映画ではロビーだけがサルで、周りの人間はそこに何の突っ込みも入れないまま、当たり前のように進行する。最初はさすがに違和感があったが、その豊かな表情にいつの間にか、当たり前のことのように見えてきた。
フランク・シナトラをこよなく愛した父ピーターの影響で音楽の道に入ったロビーは、アーティストというよりはエンターテイナー志向が強い。本国での圧倒的な人気の割に、世界的な認識がそれに見合っていないのは、その辺に一因があるのかもしれない。
自ら「決して天才ではない」と語るロビーは、父親がシナトラの中に見ていたIT-秀でたエンターテイナーだけが持つ何か人と違うもの-が、自分の中にもあることを信じ、突き進んでいく。
主人公がサルというファンタジーにくるまれている分、ドラッグにのめり込むシーンや、愛する祖母の認知症などリアルな部分が際立つ。監督が意図した演出効果なのだろう。
ステージから見た大聴衆の怖さ、胸に秘めた父母への思い。ここまでやるか、と目を見張るスケールのコンサートシーンから、端からは決して見えないトップ歌手の心中が伝わってくる。シナトラの「マイ・ウェイ」が序盤と終盤にフィーチャーされていて、このベタな選曲が想像を超えて心に染みた。
グレイシー監督は「グレイテスト・ジョーマン」を撮影中、ヒュー・ジャックマンが「ロビー・ウィリマムズのように」と自身に言い聞かせて演じている様子を何度も目の当たりにしたという。監督が当時から心に決めていた映画化への熱い思いが随所に感じられる作品だった。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)