
2025年7月某日に帝国ホテル内で米国研究製薬工業協会(PhRMA)と日本イーライリリー株式会社が肥満症を例として「イノベーションによる健康寿命の延伸と国民皆保険の持続性」と題した共催フォーラムを開催。
当日は、医療政策の現状と課題、今後の医療イノベーションの役割について、多角的な視点から理解を深めるディスカッションが行なわれました。
肥満症とは
肥満症とは、肥満かつ肥満に関する健康障害を合併する慢性疾患です。
日本でもその患者数が増加しており、健康障害と社会的スティグマ(社会の中で不当な扱いを受ける状況)を伴い、健康面と社会面の両面で対応が求められる深刻な状況です。
また肥満症の原因においては、生活習慣のみがフォーカスされ、自己管理の問題と見なされてしまう傾向があります。
肥満症の発症には、個人の環境・生活習慣因子に加えて、ホルモンバランスの乱れや睡眠不足、概日リズム障害、心理的因子なども関与します。遺伝的因子により、先天的に太りやすい体質の人も存在します。これらのさまざまな因子が複合的に影響することにより、同じ食事や活動内容であっても、個人の体質や代謝の違いにより、体重の変化に差が生じることもあります。
そして肥満症は、これまで治療選択肢が少なかったこともあり、他の疾患と同じレベルの必要な治療がなされてきませんでした。しかし近年では、医学的な進歩により新たな治療選択肢が登場し、肥満症に関連する健康障害の改善のみならず、肥満症の改善により、関連する疾患の予防や医療費の削減が期待され、結果として国民皆保険制度の持続可能性にも貢献すると考えられています。
日本で今肥満症が増加している

フォーラムの冒頭で虎の門病院 院長、日本医学会・日本医学会連合 会長の門脇 孝医師は、「肥満と肥満症の違いとして、肥満はBMI25以上の体格指数の方を指し、肥満に関連する健康障害を合併しているものを肥満症と呼ぶ」と説明。
また、近年の日本ではBMI25以上の肥満とされる方が2800万人おり、その中で肥満症の割合が多いとされ、過去10年間を振り返ると女性では増減が見られないが、男性は増加傾向にあるという。
男女とも欧米人と比べ皮下脂肪のたまりが少なく、相対的に内臓脂肪が蓄積しやすい日本人を含む東アジア人は、内臓脂肪が蓄積した状態が続くと脂肪肝に代表されるように臓器・組織にも脂肪が蓄積します。
肥満症による経済損失も

元財務事務次官の岡本薫明氏は、「肥満症によって、健康寿命の短縮、個人の生活の質(QOL)の低下、治療費の負担、これら様々な要因による経済的損失は社会課題として存在しています。」と説明。
日本における肥満による経済的コストは、2019年時点で508億ドルに上り、さらに2030年には741億ドル、2060年には1,975億ドル(1人あたり約2000ドル)まで増加すると予測されています。この試算には、直接的な医療費はもちろん、早期死亡コスト、アブセンティーズム(欠勤コスト)、プレゼンティーイズム(健康問題に伴う生産性の低下)などのコストが含まれています。
また肥満症のリスクである生活習慣病は、健康保険組合連合会が令和3年6月に発表した「令和元年(2019)度 生活習慣関連疾患医療費に関する調査」によって、4,422億円で医療費総額の12,6%を占めています。肥満症とこれら生活習慣病は密接に関係しており、肥満症に関する治療は、医療費の削減はもとより、欠勤および生産性の低下に伴うさまざまなコストを削減し、生産性の向上に繋がる可能性も含まれます。
「痩せ薬」と呼ばれ美容目的で安易な使用に警鐘
フォーラムの最後には門脇 孝医師から近年の美容のための体重減少を目的とした肥満症治療薬や糖尿病治療薬の適応外使用についての危険性が取り上げられました。
特に若い女性ではSNSや美容医療の影響を受け、「痩せ薬」と呼ばれる医療用医薬品を美容目的で使用する人が増えているそう。健康を害するほどの急激な減量を「理想」と捉える傾向も一部にあり、「大変不健康なやせ」への志向が社会的に広がりつつある。
もともと肥満症治療薬は、医学的な根拠に基づいて使用されるべきものであり、食事療法や運動療法などと組み合わせて処方されるのが本来の姿。しかし現在、保険診療外の自由診療において、こうした薬が美容目的で安易に使用されているケースが目立ち始めている。
誤った使用によって健康被害につながるリスクも指摘されており、日本肥満学会からは「肥満症薬のあるべき使われ方が歪められつつある」と警鐘が鳴らされています。
本来、医薬品は疾患の治療や生活の質の向上を目的としたものであり、「見た目の美しさ」だけを追い求めて使うべきものではなく、薬の力を正しく使い身体に本当に必要な変化を見極める視点こそ、今求められているのかもしれない。