
俳優・モデルの樹が企画および主演を務め、フリーランスの助監督として活動してきた八木伶音が初の長編監督・脚本を手がけた映画「ROPE」が公開中です。
ゆるやかにディストピア化していく社会に生きる不眠症の青年と、悲しい過去を持つ女性の出会い、そして2人を取り巻く人々との対話を通して、モラトリアムにかすかな希望の光が差し込む様子を描くドラマ。不眠症に悩まされている無職の青年、平岡修二(樹)。彼は謝礼の10万円を目当てに、失踪した小川翠(芋生悠)を探し続ける。徐々に彼女に意識を占領されていく修二。なぜ翠は“尋ね人”となってしまったのか。そこには悲しい過去があった。
八木伶音監督、樹さん、芋生悠さんに撮影の思い出や作品の魅力についてお話を伺いました。

――本作とても素晴らしかったです。私がこの作品の魅力を上手に言語化出来ていないのがもどかしいのですが、まずは監督に、本作を明るい気持ちで書いたのか、暗い気持ちで書いたのかということをお聞きしても良いですか?
八木:僕自身も将来が見えていない時期に企画がスタートしたので、漠然と不安、恐さという気持ちはモチーフとして作品に入っています。でも、塞ぎ込んでいるだけの映画にはしたくなくて。笑ってしまう様なキャラクターだったり、シーンを入れています。笑って欲しいところもあるし、考えていただきたいところもあるし、両方感じられる映画になったらいいなと思っています。
――おっしゃるとおり、クスっと笑えてしまうシーンも多いですよね。樹さん、芋生さんは脚本を読んだ時にどの様な印象を受けましたか?樹さんは企画当初から参加されていると思いますが。
樹:最初はやっぱり修二の性格だったり、それぞれのキャラクターが抱えているものが前向きなものばかりじゃなかったので、これは暗い作品なのかもしれないみたいなことも考えて。でも、今監督が言った様に「明るい作品にしようね」ということは企画の段階で話していたので。
脚本を読み進めていくと、八木監督特有の笑いどころ、人柄が見えてくるキャラクター描写が面白いなと思いました。すごく大きな事件とか、前向きになれるきっかけが出てくるわけではないのですけれど、闇や閉鎖的なものを描いた作品じゃなくて、少しでも光が射す作品なのではないかなと感じています。
芋生:私はまず純粋に面白いなという感想を持ちました。群像劇で色々な人が出てくるんですけど、1人1人に違った悩み、違った生きづらさがあって。それってきっとその人自身だけの問題じゃなくて、現代社会がそうさせている可能性があるので、他人事じゃないなということも感じました。生きづらさを感じている方に寄り添うまではいかないかもしれないけど、もう限界だとなった時に思い出してくれたら良いなって。そういう意味ですごく意味のある作品になる気がしたので、出会えて嬉しかったです。

――『ROPE』=ロープというタイトルだったので、どの様な展開になるのかドキドキしていたのですが、生きるための映画だったなと感じました。
八木:主人公の中が不安感や焦燥感に駆られた時に、前に引っ張っていくようなものでもあるという描き方をしています。ロープは進むべき方向から伸びているようなものにもなると。
――登場人物たちがたくさん飲み食いしていて、そこも印象的でした。
八木:原動力ですよね。ガソリンを入れるみたいな感じで、ウイスキーを飲んだり、食べ物を口に入れていて。印象的に感じていただけたら良いなと思っていました。
芋生:確かに、飲食のシーン多いですよね。
樹:修二は特に飢えているので(笑)。ビールを飲むシーンがありますが、実際に本物を飲んでいます。それもあって、あのシーンはテイクを重ねない様により集中して撮った記憶があります。

――会話のリアルさが素晴らしくて、会話をとらえている画角も近くから覗き見している感覚になりました。
八木:撮影の遠藤匠さんは大学の時から一緒にやっているカメラマンで、極端なクローズアップを連発するというよりも、ルーズなショットでとらえたいなという話をしていました。会話を自然に流して抑えていこうという方針は最初に決めていて、自然に会話が入ってくるような演出にしたいなと。その自然な中に“突飛な”セリフが出てくる違和感を狙いたいなと思いました。
――様々な現代の病的なエッセンスが出てきますが、整形の話のセリフが凄かったですね。
八木:今回の登場人物は、みんなどこかに癖、病、抱えたものがあります。ほとんどのキャラクターが実在の人物がモデルなのですが、大きくデフォルメしてあります。
――完成した作品を観た時に、お2人が八木監督独自の世界観だなと感じた部分はありますか?
芋生:すごく距離感が面白いなって思っていて。人と人がいて、お互いがぶつかり合うというよりは、どちらかが一方的に攻めて、どちらかが飲み込んでいたりとか、「埋まらない距離感」みたいなものを感じました。修二と翠も、距離が縮まるわけではないのに、この人がいると“今”救われるみたいな瞬間があったり。その人と人との距離の作り方が八木さんらしさだなと。八木さんって、すごくシャイな部分なんですけれど、周りが放っておけなくなる存在なんですよね。その魅力がきっとこの映画を作っているのかなって。
樹:それぞれのキャラクターの癖が強いですし、口調、印象的なセリフ、うるさくなる要素はたくさんあると思うんです。情報量が多いというか。その1つ1つに、八木節というか監督らしさを感じるのですが、それが映像になった時にすごく静かなんですよね。
先ほど「クスッと笑えるシーンもある」とおっしゃいましたが、そこも「ここ笑い所ですよ」という演出でもなければ、シュールでやっていますという演出でもなく、すんなり入っていくのに面白い。そういうところが、普段の監督の様子は置いておいて、すごく上品だなって。
八木:(笑)。
芋生:きっと素敵なご両親に育てられたんだなって思います。
八木:両親は今日(先行プレミア上映会)来てくれているんでありがたいです。今回、もちろん色々な方に協力していただきながら、企画・撮影・編集など最後まで自分たちで頑張って、手探りで初めての連続だったので、やっと今安堵しているところがあります。

――私が言うのもおこがましいのですが、本作において、自分の辛いことを吐露する時に号泣していたら少し冷めてしまうかもなと思いました。様々な社会的なモチーフが盛り込まれているのにスッと頭に入ってくる。樹さんが「上品」と表現されていてすごく納得しました。翠役を芋生さんにお願いしたいと思った理由もお聞きできますか?
八木:『HOKUSAI』(2020)という作品で初めて芋生さんの存在を知って、素晴らしい俳優さんだなと思っていました。翠を芋生さんにあて書きしているわけではないのですが、脚本が完成して誰が良いかを樹と話し合った時に「芋生さんで見てみたい」と思い、オファーを出させていただきました。
樹:翠役に関しては、20代キャストの中で唯一、八木から「芋生さんにお願いしたい」と言われて。その熱量をそのままメールにしたためて依頼しました。
芋生:事務所に届いたメールに、樹さんの言葉で「スタッフもキャストも同世代の子たちですが、ちゃんと戦える作品にします」ということが書いてあって。その言葉がすごく頼もしかったですし、すごく誠実なメールでした。それだけでも(出演を)決めちゃいたかったくらいなのですが、添付されていた脚本を読んでお受けしました。
――芋生さんご自身がオファーの内容にもしっかり目を通すのですね。
芋生:はい。ありがたくオファーをいただいた時は私も必ずその内容を拝見しています。
樹:同年代で集まって一つの作品を作り上げる、文化祭みたいなワクワクも良いけれど、僕は誰かに届く映画が好きだし、そういう作品を作りたいと思っています。それで芋生さんとお会いしてからも、同じ認識だなということを確認出来て嬉しかったです。現場では不手際がたくさんあったと思うんですけど、みんなが力を出し合って、高め合って、きちんと戦える作品が出来たのだなと感謝しています。
――そんな翠というキャラクターにはどの様な魅力を感じていますか?
芋生:翠の要素は、自分の中にもある部分があって。でもそれは、どのキャラクターにも全てではないんですけれど「この要素が自分の中にはあるな」と感じたんです。この人のこういうところ共感出来るな、こんな感じ分かるなって。
樹:僕も芋生さんと一緒で、共感出来るところ・出来ないところがそれぞれのキャラクターにありましたね。八木はロードムービーが好きで、「車で色々な場所を巡っていく話を、人間関係の中でやりたい」ということも企画の段階で言っていたので、修二が色々な人と出会うロードムービーなのかなと感じました。映画を観てくださる方も修二を通して見るもの、感じるものがあると思います。
――ここまでリアルな会話シーンを撮影していると、その後役柄が自分に残ったりしませんか?
芋生:私、全然それが無いんです。撮影終わった瞬間に終わり。スッキリです。
樹:僕も撮影が終わったら、セリフとかも一瞬で忘れちゃうんですよ。
八木:俳優さんってすごいなって、僕からすると不思議です(笑)。
――監督が想像以上に良いシーンが撮れたな、と手応えを感じたシーンを教えてください。
八木:修二と翠が初めて画面に映る所、2人で会話するシーンが好きです。あと、終盤に、2人が修二の部屋で過ごして、朝が来たらトンネルに向かうシーンも印象的です。撮影準備の段階では、別のロケ地を想定していたのですが、天候の関係であのトンネルで撮影することになりました。素材を見た時、あのトンネルで撮影してよかったと思いました。
――私もすごく好きなシーンです。今日は素敵なお話をありがとうございました!

撮影:たむらとも
ヘアメイク:村宮有紗
芋生さんスタイリング:澪