
2025年7月12日、文京学院大学にて開催されたトークイベント「アニメ×経営学:ヒットの構造と仕掛けを解き明かす」では、アニメ制作者と経営学者が登壇し、アニメビジネスとプロデュースの構造と真髄を語った。
<登壇者(左から)>
・吉田尚記アナウンサー(ニッポン放送)※司会
・櫻井大樹氏(サラマンダー代表取締役)
・井上孝史氏(日本アニメーション メディア部 部長)
・平田博紀教授(文京学院大学経営学部経営コミュニケーション学科長)
司会をつとめた吉田アナは、コロナ禍による巣ごもり需要がアニメの裾野を一般層にまで拡大した変化を紹介した。このことを裏付けるように、高校生から社会人まで多くの来場者が会場を埋めており、アニメビジネスへの高い関心を物語っていた。

核心テーマ:「損得勘定を超えた思考」の重要性
トークにおいて浮かび上がったのは、「目先の損得に縛られすぎると思考が硬直し、成長が鈍る」というエンタテインメントビジネス独特の論理である。これは経済学・経営学の一般的理解とは異なる経営思考として注目される。
櫻井氏の哲学:「損をしないように動くと必ず損をする」
櫻井氏は、プロデューサーとして成功するために必要な素養として、「目先の損得をあまり考えすぎないこと」を強調した。
この経験談は、短期的な損失を恐れずに継続することの重要性を物語っている。
井上氏の視点:「応援」という動機の重要性
井上氏が手掛けた映画「はいからさんが通る」では、関係者全員が「はいからさんが通る」をやりたいという気持ちで出資してくれたという。
この具体例は、純粋な収益性を超えた動機がプロジェクト成功の鍵となることを示している。
平田教授の経営学的解釈:人的資本としての価値
平田教授は、こうした姿勢を経営学の「人的資本」の概念で説明した。
「個人が持つ資質や経験が『シグナリング』として機能し、『過去にこういう作品をやっていた人だから大きく伸ばせるだろう』という期待を生み、出資者からの信頼獲得につながる」
効率、ROI、利益最大化──これらは経営やマーケティングにおける重要な指標だが、エンタテインメントの現場では通用しない場面が多い。
エンタテインメント業界の特殊性:「好き」を原動力とするビジネス
エンタテインメント業界では、「好き」という内発的動機が極めて重要な役割を果たしている。
井上氏のコメント:
「アニメに携わる際の大前提として『アニメ好き』であることが必要。『好き』がビジネスになっているため、プロデューサーという仕事にはプラスに働く」
櫻井氏のメッセージ:
「不安定な時代だからこそ好きなことにかけても、安定した時代に比べて好きなことにかけるリスクが低くなっている」
平田教授のまとめ:
「『好き』という内発的動機を仕事にすることは非常に強いし良いこと。同時に『好き』を作っていくことも大事だ。とりあえずやれることをやってみる」
結論
エンタテインメント業界における「損得勘定を超えた経営判断」は、単なる理想論ではない。この業界の特殊性、特に、業界で働く人材の気質に根ざした現実的な戦略なのである。
(文:文京学院大学経営学部教授 濵田俊也)