山内ケンジ監督・脚本の映画『夜明けの夫婦』が、7月22日(金)より公開。ソフトバンクモバイルのCM「白戸家」を手がけ、演劇プロデュースユニット“城山羊の会”の劇作家・演出家として第59回岸田國士戯曲賞を受賞した山内監督。『友だちのパパが好き』(15)、『At the terrace テラスにて』(16)に続く、長編4本目の監督作となります。
コロナ禍が終息を迎えた後の日本を舞台に、夫の両親と同居し、孫を持つことを強く望む姑のプレッシャーに晒されながら生活する夫婦の姿を描いた本作。「純粋社会派深刻喜劇」と銘打つこの作品で監督が描きたかったこととは?お話を伺いました。
――本作大変楽しく拝見させていただきました。まずはどんな所からこのストーリーの着想を得たのでしょうか?
まず、子供を作る・作らない、少子化問題についてのテーマが最初にあったわけでもなくて。一番最初に主演の鄭亜美さんで何か書きたいなと。彼女は前から知っていて、僕の演劇にも出てもらっていて、メインで書きたいなと思いました。
後は、僕の実家で撮影したいなと思いました。実際にあの家が僕の実家なんですけど、一階と二階を使いまくりたいなと。その2つの要素を組み合わせた時に、どんな話が良いかな?と思い書き始めました。
さらに2、3年前に小劇場の知っている女優さんたちが何人か同時期に子供を産んで、その女優さんたちが小さい子供たちを抱っこしているシーンが今しか撮れないなって。それらを組み合わせてこの様な映画になった次第でございます。
――見事にその3つの要素が絡み合っていますね。主演の鄭亜美さんから「さら」のキャラクターが生まれたのですか?
彼女の持つ、異常なまでの丁寧さ、お茶をご馳走しただけでも尋常じゃないくらい御礼を言ってくるので、その感じがちょっと可笑しいなと思っていました。この映画の中で、劇中のさらが同居している義理の両親を「お父様、お母様」と呼んでいるのですが、昔でいう小津映画の様な口調で。鄭亜美さんもさらと同じ状況にあったら絶対に「お父様、お母様」と言うだろうなという雰囲気があって。
――あのさらさんの雰囲気は、鄭亜美さんが持ってらっしゃる雰囲気だったんですね。私は監督の舞台(城山羊の会)のファンでもあるのですが、このお話を舞台にするという可能性もあったのでしょうか?
それは全然無いんです。これまで全て、キャスティングしてからストーリーに入っていくので。キャスティングが一番最初ですね。今までの映画も、「城山羊の会」に一度出ていただいて、「この俳優さんで映画を撮ろう」と思う流れです。『At the terrace テラスにて』は、舞台『トロワグロ』をそのまま映画化していますが。『友だちのパパが好き』も、舞台に出ていただいたことをきっかけに、今度映画に出てもらいたいなと思って進めていきました。
――監督のご実家で撮影されたということですが、とても素敵なお宅ですね。その理由は何でしょうか?
もう築40年で古い家なんですけどね。本作は“超自主映画”で、今まで3本長編を撮っていて、それも自主映画なんですけどね。今回はもっと極限まで低予算でやらないとダメだという考えに至りまして。
それで、自主映画を作っている若い方々とも知り合いになったりして、色々なことを学びました。「大田原愚豚舎(ぐとんしゃ)」という、栃木県の大田原に住んでいる映像集団がいて、彼らの撮影スタイルに影響を受けました。彼らの作品には同じ景色が何度も出てくるんですよ。自分の家、友達の家、実家とか喫茶店とか。ストーリーは違うのだけど、同じ場所が多い。「それで良いんだな」と気付かされたというか。自分も「使えるものは使おう」と実家で撮影しました。
――なるほど、ストーリーが変わる=ロケ地を変える必要がマストでは無いというか。本作や、本作に限らず映画作りにおいて、監督が大変さを感じる部分はどんな所ですか?
自主映画の大変な所は、「締切が無い」という所です。演劇の場合は劇場をもうおさえているし、商業映画はしっかりとした締切があると思いますが、自主映画にはそれが無い。もちろん自分の中での締切はあるんですけどね。もう次の作品も書き始めていて、本当だったらとっくに書き終わっている予定なのですがダラダラしてしまって。
――本作はスムーズに書き終えたのでしょうか?
『夜明けの夫婦』はまたちょっと特殊で、本を半分まで書いた所でクランクインしちゃったんです。そこからほぼ順撮り(物語の流れ、順番どおりに撮影すること)で撮っていって、途中で台本を仕上げていって。演劇と近いスタイルで書きました。
前半はすごく現実的な話なんだけど、後半はだんだんシュールで、現実と妄想がない混ぜになっていきます。現場を見ながらその方が面白いな、と思って書いていきました。
――どの様に話が展開していくのだろう…!とドキドキしながら、クスっとしながら観させていただきました。
僕の映画と舞台って、ジャンルが本当によく分からないと思うんですよね。
――そこが素晴らしいと思います。
宣伝では「純粋社会派深刻喜劇」というコピーを書いたのですが、単なるコメディではなくて、とてもシリアスな一面も含んでいる。でもやっぱりコメディはコメディだと思います。『友だちのパパが好き』なんかは、明るい映画とかわいらしいコメディと見せかけてお客さんを騙す様な一面があったと思います。でも、あんまりよくないかなって。今回の映画はそういう事は無いです。R-18ですしね。
――監督がこれから、映画・舞台でチャレンジしていきたい事はありますか?
映画はまだまだ4本目なので。演劇は本数が多くて、何十本もやってきたので、毎回違うチャレンジをしていて。例えば、シーンが多いお芝居を場面を転換させる事が多かったんですが、だんだん減ってきて、今は一場面しか無い舞台が多くなってきました。演劇ではそういう進化が出来ていて、映画はまだその段階までは至れていないので、たくさん映画を作りたいなと思っています。はやくしないと死んじゃうぞって感じなので。
――監督の作品が今後も観れることを、いちファンとしても本当に楽しみにしています。ちなみになのですが、監督が最近ご覧になって面白かった作品や刺激を受けた作品はありますか?
直近ではあまり無いのですが、好きか嫌いかというのはおいておいて、ミシェル・フランコの『或る終焉』(2016)は驚きました。よく出来ていて、どっひゃー!って感じで驚くんですよね。そういう作品って特に映画祭ではウケるなと思いました。それを狙って作ってるよな?ってちょっと思いましたね(笑)。すごいからいいんですけどね…みたいな。嫌いっていうわけじゃないですよ。
――オールタイムベスト、といいましょうか、これまでに一番影響を受けた監督や作品があれば教えてください。
映画はたくさん観ているのでどれって言えないのですが、たまにこの質問をされた時にはルイス・ブニュエル作品が好きだと改めて思いますね。『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』(1972)とか、『自由の幻想』(1974)とか、初めて観た時にすごく衝撃を受けたので、原体験みたいなものかもしれないですね。権威へのカウンターとして作品を作っていて、エロティックですし、ふざけている所もあって、妙に真面目だけど全てが真面目じゃない。煙に巻いている所が今でもすごく好きですね。
――山内ケンジ作品ファンにとっては、「なるほど!」という原体験のお話かもしれないですね。今日は本当に素敵なお話をありがとうございました!
山内ケンジ監督
『夜明けの夫婦』公開中
(C)「夜明けの夫婦」製作委員会