テクノロジーの進化が加速する今、日本企業がグローバル競争で取り残されないためには、単なるIT導入ではなく、経営者自身の意識改革が不可欠です。今回は、「NRF APAC」特別対談の第2弾。登場するのは、セントリックソフトウエア ソリューション部 統括マネージャーのテレサ・ジャン氏と、日本オムニチャネル協会 理事の逸見光次郎氏。前回の特別対談では、「なぜ今、日本企業がアジア市場に注目すべきなのか」について議論を交わしましたが、第2弾となる今回は、より具体的に「グローバル競争で後れを取らないために、日本企業が今すべきこと」について語り合います。【NRF APAC特別対談②】
特別対談①「日本企業はなぜ今、アジアを見なければならないのか。NRF APACが示す未来へのヒント」
テクノロジー活用・DX推進の成功には、経営者の意識改革が必要不可欠
テレサ:日本企業が成長するためには、国内の動向ばかり注視するのではなく、アジアを含む広い世界の動向に敏感になるべきです。とりわけ東南アジアの諸外国はITの導入に積極的で、現地の小売事業者のIT化は目を見張るものがあります。「日本より遅れている」なんて思っていたら、それは大間違いです。最新のテクノロジーを駆使し、業務のスピード、消費者対応と商品上市のスピードを徹底的に追及する姿がそこにはあります。日本企業は同じスピード感を持って取り組まなければ、世界との差は開くばかりです。
逸見:日本企業がスピード感を持てない理由の1つが、日本ならではの組織構造にあります。いわゆる「縦割り構造」が、よくも悪くも企業経営に影響をもたらしています。一般的に「縦割り構造」と聞くと、良い印象を持たない人が少なくないでしょう。しかし、必ずしもそうではなく、縦割り構造という垂直統合型の組織は、各部署の中では効率的な業務プロセスを構築できるし、高い専門性を持って業務に取り組めるようになります。ただし、各部署が分断していることに問題があります。つまり、知見やノウハウ、他部署に有用な情報が全社で共有していないことが問題なのです。縦割りの組織体制を構築するなら、横の連携を前提とした体制も合わせて考えなければ意味がありません。
小売事業者なら、意識改革の根底には顧客視点を踏まえるべきです。「顧客の満足度を高める」ために、他部署の情報からどうヒントを得るのか、組織と業務がどう連動したら良いのか考えるべきです。新たな組織づくりはもちろん、現場の意識改革などに取り組む際は、「顧客は何を求めているのか」という問いと向き合いながら進めることが大切です。
ただし、これらの改革を主導するのは、あくまで経営者です。経営者が組織の壁を超えた改革の必要性を認識し、全社に周知して一丸体制で臨むべきです。全社の課題と認識して解消しない限り、部分最適な「改善」にとどまりかねません。そのためには経営者は現場を十分理解し、課題の本質をとらえることが大切です。本質に切り込まない限り、意識改革は成就しません。ひいては顧客のための改革にもなりません。
では経営者が現場を理解し、課題を洞察するためには何が必要か。それが「データ」です。現場が現在どのような業務に取り組み、何がボトルネックになっているのか、何が課題なのか、顧客は自社商品などをどう評価し、どのような購買行動を取っているのか。これらはすべて「データ」を駆使すれば読み取ることができます。社内に蓄積するデータはもとより顧客の行動を「見える化」し、経営者はデータに基づく意思決定を打ち出せるようにすべきです。もちろん縦割りの組織ごとにデータが閉じている状況を解消し、最新のデータに沿った意思決定を下せる環境整備も進めなければなりません。

テレサ: もっとも近年は、「最新のデータ」なしでは正しい意思決定をするのが難しい時代になりつつあります。特に複数の国をまたがるサプライチェーンで商品を生産・仕入れる場合、どの国で原材料を調達すべきか、どの国で生産すべきかはマクロ環境の変動により調整しなければいけません。近年は、サプライチェーンに大きく影響する変動の発生頻度が増加する一方です。戦争や紛争による物流の混乱と供給不足、為替レートの変動、先を読めない関税率の情勢など、これら変化が自社の進行中の企画・生産・調達・販売の一連の業務へ具体的にどう影響するのか、業務をどう調整すべきか、正確に読み取り、間違いのない意思決定を下すのはもはや困難です。例えば、主要原材料の供給が急激に減少し原価が高騰した場合、この原材料が使われる商品はどれなのか、代替できる原材料はあるのか、代替する場合あるいは商品自体を値上げる場合品質と収益がどうなるのか、競合他社の品揃えと値付けはどう動いているのか、そして生産はどこまで進行して、どこから切り替えられるのか、これらの現状把握と全社業務を横断した調整がいかに迅速に行えるかによって、商品の販売と収益性が大きく左右されます。
このような全社規模の調整には、各部署の最新の業務データを統合した分析が必要です。そこで先端企業の中には、AI技術を駆使し、発生した市場変動が自社業務への影響範囲の整理と可能な対策を算出させることに挑む企業が現れています。社内の業務データが整備されていれば、AI技術で外部データと連携し、リアルタイムな解析で重大な意思決定のスピードと精度の大幅な底上げができる時代にきています。
逸見:しかし日本企業では今なお、数年前のデータをもとに経営判断しているケースが散見されます。最新のデータを見ようにも、どこにどんなデータがあるのか分からないのです。不完全なデータに基づき意思決定しているケースさえあります。これではアジアの先端企業に勝てるわけがありません。データを徹底的に活用するアジアの先端企業を参考に、自社の足りない部分を考えてもよいのではないでしょうか。欧米の最新事例を追う経営者は多いものの、私たちにとって身近なアジア諸国の取り組みに精通する経営者は少ないと感じます。欧米の最新動向を追うのはもちろん悪いことではありません。しかし、実はもっと身近な国々で世界の最先端を目の当たりにできるという事実を知るべきです。
日本企業の経営者はまず、最新を追い続ける姿勢を示してほしいと思います。その姿勢が世界に目を向けるきっかけとなります。さらに世界の最先端の動向を知ることで、自社とのギャップを痛感するはずです。「これでは勝てない」と思ったときが変革の第一歩となるに違いありません。世界との差を埋めるには時間やコストがかかるかもしれません。しかしアジアの先端企業の中には、最新テクノロジーを使って一足飛びに世界との差を埋めた企業があります。これまでの日本という市場での戦い方から脱却し、世界の最新トレンドを自社に取り入れる積極性を示してほしいと思います。そのためには成長への歩みを一度止めてでも、学び直す必要があるのではないでしょうか。

日本の小売事業者が秘める思いが競争優位をもたらす
テレサ:日本の小売事業者が世界で勝ち抜くためには、全社連動と市場への対応スピードが問われるだけではなく、競合にはない商品やブランドの優位性を打ち出すことが不可欠です。差異化が難しくても自社ならではのブランド力を訴求し、「この会社のこの商品を買いたい」と消費者に思わせることを今一度考え直すべきではないでしょうか。
逸見:日本の小売事業者の多くが、国内で競争になった途端に商品を値下げしています。「安ければ売れる」という考えが深く根付いているのです。しかし国内市場で値下げ合戦に勝っても世界で競争優位に立てるわけではありません。値下げするほど自社を苦しめることになるのは論を俟ちません。
テレサ:世界で成功する小売事業者やブランドが実践する1つが「ストーリーを伝える」ことです。つまり、どんな思いで商品を開発したのか、どんなことにこだわっているのか、どんな人に使ってもらえたらうれしいのかなどのストーリーを商品に込めるのです。そのストーリーをブランディングに活用し、他社にはない差異化要因として訴求すべきです。
日本企業と日本の商品だから描けるストーリーに強みを感じます。ブランドの歴史や創業者の思いを大切にする企業は多く、こうした思いを商品作りに活かしているケースは珍しくありません。このような「代々受け継がれる思い」や「こだわり」などは、グローバルの消費者には魅力的で、もっと訴求すべきだと感じます。
逸見:日本の小売事業者の多くが、こだわりや過去からの思いを強く持っていると思います。ただし、その思いを消費者に伝えきれずにいると感じます。自社の強みになるとは思っていないのが理由の1つではないでしょうか。日本企業は丁寧さや真面目さ、おもてなしの精神だけではない、自社ならではの強みを分析することが必要です。この取り組みが、世界との差を埋めるポイントになると考えます。
ただしこのとき、自社ばかりに目を向けるべきではありません。国内の競合他社の強みはもちろん、世界で勝ち抜く企業の強みを探ることも忘れてはなりません。国内の閉塞感から脱却して成長し続けるためには、やはり世界の動向に精通すべきです。アジアの最先端の取り組みを探るなら、シンガポールで2025年6月に開催する小売り向けカンファレンス「NRF APAC」も勉強の場となるでしょう。アジア・パシフィック地域には現在、世界の消費者の55%が居住していると言われています。さらに中流層の消費者は2030年までに34億9000万人にまで増加することが見込まれています。これだけ大きな市場で戦う小売事業者がどんな戦略を打ち出すのか、消費人口増加が見込まれる中、どんなテクノロジーに目を付けているのか。最先端を走る世界の小売事業者の考えを目の当たりにすることで、自社が取り組むべき施策のヒントを得られるに違いありません。
テレサ:「NRF APAC」では小売り向けの最新テクノロジーやソリューションに触れることができます。もっとも、システムを導入すればいいわけではありません。自社が成長するため、さらに顧客のためには、組織体制と業務をどう変革するべきかきちんと見極めることが大切です。しかし、これらの変革を成し遂げるのは人以外にあり得ません。情報が蓄積されても経営から現場が情報を使いこなさなければ意味がありません。AI技術で情報収集と解析をいかに加速しても最終的な意思決定は人にしかできません。最新技術とデータを積極的に活用し、業務をどんどん進化させていくといった現場の意識を醸成しない限り、変革を加速できません。つまり、人の「変えよう」とする思いが強いほど、変革への歩みは加速するのです。このような現場の意識改革・働き方改革をやはり経営者と管理者が主導し、報酬や評価などの制度も伴って見直すべきだと思います。こうした強い気持ちを育むことを忘れないでほしいですね。
逸見:私もテレサさんの考えに同意します。「NRF APAC」ではテレサさんが勤めるセントリックソフトウエアも出展します。セントリックソフトウエアには、テレサさんのように小売事業者の今後を自分事として考えるスタッフが多数在籍しています。何が大切で何をすべきか、そしてグローバル各国でまさしく同じ課題を抱える成長企業の数々がどう変革してこられたかを理解しているスタッフも大勢います。こうしたスタッフに自社の今後を相談するだけでも、「NRF APAC」は大変有意義な場となるはずです。「NRF APAC」に参加する際は、セントリックソフトウエアのブースを訪れ、成長への足掛かりとなるヒントを得てみてはいかがでしょうか。
関連リンク
セントリックソフトウェア
https://www.centricsoftware.com/ja/
