こんにちは、深水英一郎です。
今回、著者自身にご紹介いただく本は、「ドンキにはなぜペンギンがいるのか」です。
著者の谷頭和希さんは早稲田大学教育学術院に籍をおきながらさまざまなウェブ媒体で記事を執筆しておられます。街歩きをしてそこでみつけた異質で面白いものを記事にする、ということはこれまで多くおこなわれてきたと思うのですが、全国の都市にある一見同質なチェーンストアをフィールドワークし、がっつり論じるというのは見たことがありません。一体、どのような本なのでしょうか?
【著者 谷頭和希さんプロフィール】
作家。1997年生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業後、早稲田大学教育学術院国語教育専攻に在籍。デイリーポータルZ、オモコロ、サンポーなどのウェブメディアにチェーンストア、テーマパーク、都市についての原稿を執筆。2022年2月に初の著書「ドンキにはなぜペンギンがいるのか」(集英社新書)を発表。
https://twitter.com/impro_gashira【今回ご紹介いただく本】
「ドンキにはなぜペンギンがいるのか」(谷頭和希著、集英社新書) 2022年2月17日発売
——よろしくお願いします。今回のこの本、どんな内容なのでしょうか?
【谷頭さん】
「ドンキにはなぜペンギンがいるのか」は、ディスカウント・ストア「ドン・キホーテ」のイメージに疑問符を突きつける本です。ドンキといえば、限界まで商品が陳列された棚に、黄色と黒の派手な看板、そして店の前にはヤンキーがたむろしている……というイメージがあると思います。
——フフ、僕のドンキのイメージは、「夜中に行くと、ジャージ姿の子ども連れのファミリーがいるお店」ですね
そうです、そうです。でも、そのイメージって、すべてのドンキに共通するものなんでしょうか?
そのことを考えるために、北は北海道から南は沖縄まで、日本全国のドンキを自分の足でめぐってみました。この本はそんな中で気づいた、実際のドンキの姿が地域によって多様であることや、そしてその地域の姿をドンキが鏡のように映し出していることを語っています。
——ドンキって、地域によって違いがあるんですね
はい、そしてその中で、書名にもなっているドンキのマスコットキャラクター・ドンペンの秘密も明かされます。
この本を読むと、今まで持っていたドンキのイメージがガラリと変わるはずです。ドンキ好きの人も、自分の街にドンキがある人も、ドンキってあんまり行かないな……という人も。さまざまな人に読んで欲しい一冊ですね。
それと、この本はドンキの本であると同時に、「チェーンストアは都市を均質にするのか?」という問いについて考える「都市論」の本という側面も持っています。
ファミレスやコンビニといったチェーンストアが語られるときには、それらが都市の多様性を失わせて世界を均質にしているという言葉が見受けられます。しかし、それは本当なのか? 私たちの生活をふと思い出せば、一日のどこかでチェーンストアを使っているはずです。それにも関わらず、その存在が私たちの都市についてどのような意味を持っているのかについては、あまり語られてきませんでした。
先に、ドンキがその地域や都市の姿を映し出していると述べましたが、ドンキのフィールドワークから見えてくるのは、「チェーンストアはもしかすると、地域を均質にするのではなく、地域の多様性を映し出しているのではないか」ということです。
本書はドンキを例にして、こうした現代の都市への問いも考えています。いわば「チェーンストアの都市論」としても書かれています。ドンキについて想いを馳せると同時に、私たちが生きる都市、ひいてはこの世界について考えた本が「ドンキにはなぜペンギンがいるのか」です。
——谷頭さんが印象に残っているドンキの店舗ってどこでしょう?
一番は、ドンキ新宿店ですね。写真をご覧いただければわかると思うのですが、まるでアジアの屋台に迷い込んだかのようなドンキです。妖しげに光り輝くネオン・ドンペンも大変みどころです。
ドンキいさわ店も印象深かったです。もともと、秘宝館があった場所を居抜いたことで生まれたドンキです。残念ながら2020年6月に閉店してしまいましたが、圧倒的なインパクトで、オンリーワンの存在でした。
——元秘宝館の店舗もあるんですね……たしかに見た目全然違う……。
ですよね(笑)
ドンキ西川口店も特徴のある店舗です。埼玉県の西川口は中国系住民の方が多く住んでいます。そのためか、本格的な中華食材の品揃えが大変豊富なのです。
■ チェーンストアは「違うけど同じ」
——この本の中で、特に注目して読んで欲しい部分はありますか?
多くの人に共感を持って読んでいただけるのではないかと思うのが終章です。ここでは、私自身の個人的なドンキやチェーンストアの思い出についてエッセイ風に語りつつ、「今、チェーンストアを考えることは、どのような意味を持っているのか」という問いを考えています。
ここで私はチェーンストアについて、「違うけれど同じ」である性質が特徴的だと論じています。
我々はなぜか、チェーンストアに対して「同じである」というイメージを抱きます。でも、本書で明かしたようにチェーンストアの細部には違いがありますし、そこで人々が体験する経験や思い出はその人固有のものでまったく違うものでしょう。そのような、「違うけれど同じ」という性質は、全く異なる人びとの体験を、接着剤のようにして、結びつける可能性を持っているのではないか?
よく語られるように、現代は趣味や嗜好が多様化し、自分とは異なるバックボーンをもった人々への共感性が薄くなっている時代です。そのような時代において「チェーンストア」とはバラバラの人々を(ゆるやかながらも)つなぎとめる力を持っているのではないか。そして、そこにこそ、今、チェーンストアという存在を考える意味があるのではないか。
チェーンストアを使い、あるいはチェーンストアを愛する人々みんなにぜひ読んでほしいのが終章です。ドンキの話から一気に範囲の大きい話になっていますが、だからこそ多くの人に引っかかるのではないかと思います。
——多様化しているけど皆が行く場所、それがチェーンストアということですね。そう考えると面白いですね。
第1章もおすすめです。ここではドンペンの特徴を、文化人類学者であるレヴィ=ストロースの議論を参考にしながら考えています。
ドンペンについて考えていたはずが、いつの間にかレヴィ=ストロースの話になっていた……という「ワープ感」を楽しんで欲しいと感じています。こうした「ワープ感」は本書の至るところに仕込みました。第1章からいきなり、ものすごいワープ感を演出しているので、ぜひ読んでほしいです。
——気づいたらすごいところに連れてこられてるけど、それでも地続き感があって。それが谷頭さんの文章の楽しさのひとつだなと思います。
ありがとうございます。
第3章中の「呼び込み君」とドンキの関係性について考えている部分も面白いです。「呼び込み君」はスーパーなどで流れている「ポポーポポポポ」という音楽を流す機械のことです。最近では、家庭用の呼び込み君のおもちゃも発売され、すぐに完売したことでお馴染みです。ドンキの店内でもよく流れています。
実は、ドンキと呼び込み君の関係は「ただ、店内でよく流れている」といった表面上の関係性だけではないと思います。それは、非常に深いつながりがあるのではないか? そんなことを書いています。呼び込み君に注目が集まる今だからこそ、読んでほしいと思っています。
——呼び込み君、ミニバージョンも売られてるぐらい人気ですよね。そう言われると気になります。谷頭さんの寄稿先って主にネットのエンタメ媒体が多いように思うのですが、都市論について書く場所って限られてたりするんですか?
都市論について書く媒体はたくさんありますが、私の原稿の性質上、そのような寄稿先になっているのだと思います。
これまでの質問でも述べた通り、私の本はジャンルや時間軸を超えた「ワープ感」を売りにしています。それは、多かれ少なかれ他の原稿でも同じです。
例えば、この間、歌舞伎町のコンビニについての記事を書きました。歌舞伎町の特定のコンビニには、エナジードリンク「モンスター」の量が多いのですが、その理由を歌舞伎町の歴史や伝承に求めるという原稿です。
歌舞伎町は埋立地で、埋め立てのときにたくさんの蛇が沼から出てきてたという話があります。あるいは、日本で最も有名なモンスター・ゴジラもいます。なぜか歌舞伎町にはモンスターが多いのです。だから、エナジードリンク「モンスター」も量が増えるのではないか。なかば、オカルトのような記事です。
ただ、このように身近な場所や商品の話から歌舞伎町の歴史・伝説へと「ワープ」することで、都市の歴史や伝承への回路を開こうとしています。それがどれぐらい成功しているかはわかりませんが。
こういう記事は、都市についてのちゃんとした媒体では、まず無理です。やはり都市についてのメディアであれば、もっと実証的なデータを用いて都市について記述したり、精緻なフィールドワーク・当事者のインタビューなどが求められます。このような「ワープ感」がある記事を書くのはなかなか難しい。
ただ、エンタメ系のサイトやおもしろ系のサイトだと、むしろそのようなワープ感が面白い、と思われて受け入れられることもあります。事実、この歌舞伎町の記事は「デイリーポータルZ」に掲載されたものです。ですから、現状ではこのような寄稿先になっているのだと思います。
——エンタメ系サイトに寄稿している谷頭さんが新書を出す、というのもちょっとしたワープ感ありますね。この本を書くきっかけってなんだったのでしょうか?
元は、「ゲンロン」という人文系の出版・イベント会社が運営している「ゲンロン佐々木敦 批評再生塾」に参加したのがきっかけでした。そこでの最終講評会で書いたのが、本書の原型となった文章です。
どうしてテーマを「ドンキ」にしたのかというと、当時通っていたサークルの友人たちが、買い出しなどでよくドンキを使っていたのを見て、「ドンキについてクソ真面目に語ったら面白いだろうなあ」と思ったからです。
最初は冗談半分だったのですが、いざ書き始めてみると、僕自身、小さい頃はドンキに両親と通っていましたし、ドンキとの関わりが深かったことを再発見しました。だから、その関わりや僕自身の個人的な経験を言語化してみようと決意を新たにして、原稿を書き上げました。たしか元の原稿はほぼ2日ぐらいで書けてしまったことを覚えています。
これは、ドンキをテーマに決めた後で思い出したことですが、そもそも「批評再生塾」に通うことを決めたのも、私の祖父母が住む香川県・丸亀のドンキの自転車コーナーでした。「批評再生塾」というスクールがあることは元から知っていたのですが、なぜか帰省中にそのドンキで「よし、いくか」と思い立って、そのまま申し込みを決めました。ですから、ドンキとは何か縁があったのだと思います。
——不思議! なんでドンキの自転車コーナーだったんでしょうね。こういうのも縁っていうんでしょうね
いまだに自分でも謎ですね(笑)
それともう一つ、そもそも、なぜ都市についての原稿だったのか、ということですが、これも「批評再生塾」にルーツがあります。同期の塾生の専門がかなりはっきりしていたのです。
「スピッツ論」を上梓した音楽ライターの伏見瞬さんもいましたし、美術・演劇・映画・文学、果ては医療まで、本当にいろんな専門を持った人がいました。その中で、どのように自分の個性を出していくのかを考えたとき、たまたま「建築」とか「都市論」の分野があった。
散歩は大好きでしたし、そもそも江戸東京検定を取得するぐらいには、江戸とか東京という空間が大好きだったので、私が「都市」を書くことは変なことではありませんでした。とはいえ、同期の人々の個性が、そうさせたという面もあります。
こうして書いた原稿を読んでくれていた大学生の友人が、たまたま集英社の新書編集部に配属され、二人で飲んでいたときに、試しに企画書を出してみよう、となって出してみたら通ったんですよ。そしてあれよあれよという間に出版する運びになりました。
そう考えると、本書は、様々な人との関わりの中から偶然生まれた本です。
このように受動的な過程ではありましたが、本書を執筆していく中で「チェーンストアの都市論」という問題意識が生まれたのです。それに、「チェーンストアの都市論」は私しか書けないのではないかという謎の使命感も最近では持っています。偶然を突き詰めていったら必然性が生まれた、という気分です。まさか、こうなるとは思っていなかったけれど、なってみると、なるべくしてなった、というような気分です。
——そうですね、そのテーマで書いている人はいなかった。今後も「チェーンストアの都市論」を突き詰めていく?
偶然選んだテーマだとはいえ、書いていけば行くほど、現代において「チェーンストアの都市論」は必要とされているんじゃないだろうか? という謎の義務感を持ち始めています。
ですから、今後の活動としてはドンキ以外のチェーンストアをさまざまな視点で切り取ってみたいと考えています。すでにいくつかの媒体で発表しているのは、新古書店「ブックオフ」やファーストフード大手の「マクドナルド」についてです。実際にフィールドワークしてみると、ブックオフもマクドナルドも、地域によって多様な姿を持っていることがわかりました。ドンキが地域でさまざまな姿を持っていることを本書では述べましたが、それと同じようなことがブックオフやマクドナルドでも起こっている。
特にブックオフは、地域によってかなり書棚のラインナップが違います。地元の人が売った本をそのままその店で売るので、地元の人が読んだ本が商品ラインナップになるからです。
例えば、富士吉田にあるブックオフは富士山の本が多いんです。なぜかといえば、すぐ近くに富士山があって、おそらく周辺住民が富士山に関する本を持っていたからです。
——確かにブックオフは店舗によって違うような気がします。ベッドタウン近くの郊外店は絵本や子供向け百科本が充実しているけど、吉祥寺のブックオフはビジネス書の棚が充実していたような記憶があります。
そうなんです。ブックオフ自体がその地域を映す鏡にもなっている。このような、チェーンストアからみた「都市」や「空間」の話をさまざまなチェーンストアについて書いてみたいと考えています。
——面白い!
それと、チェーンストアが登場する作品についても書いてみたいと思っています。
例えば、新海誠さんの「天気の子」で主人公の2人が出会う場所は「マクドナルド」です。物語はこの2人を中心とした「セカイ」をめぐる壮大なドラマになるのですが、そのはじまりとして「マクドナルド」が選ばれている。これもまた、現代において「チェーンストア」が人々をつなげる「出会い」の場になっているということを描いていると思います。
——POPミュージックでもチェーンストアでてきますね。King Gnuの「McDonald Romance」は若者が恋をはぐくむ場所としてマクドナルドが舞台として選ばれてます
その時代を切り取る作品の中でどのようにチェーンストアが登場し、描かれているのか。そんなことについても今後のテーマとして書いてみたいと思っています。
——本を出したことをきっかけとして、今後の活動は変わっていきそうですか?
今まで通り、Web記事の執筆も続けていきたいですし、Webでのあたらしい連載も始まる予定です。ただ、今回初めて「本作り」の作業を行ってみて、そのペース感が非常にしっくりきました。一つの原稿をゆっくり時間をかけ醸成させ、編集・編集部・校閲との数度のやり取りを通してじっくりと煮詰めていくーー。Web記事制作とはまったく異なるスピード感に魅了されてしまいました。
ですから、できるならば、今後は書籍の仕事もたくさんやっていきたいと考えています。といっても、特に決まっている企画があるわけではなく、何かお話をいただける編集者さん・出版社さんを待ち望んでいます!(笑)
——期待してます! 本日はありがとうございました。
(了)
【ききて・深水英一郎 プロフィール】
作った人自身に作品を紹介してもらう「きいてみる」を企画中 https://kiitemiru.com/
個人作り手によるアウトプットの拡大とそれがもたらす世の中の変化に興味があります。
ネット黎明期にインターネットの本屋さん「まぐまぐ」を個人で発案、開発運営し「メルマガの父」と呼ばれる。Web of the Yearで日本一となり3年連続入賞。新しいマーケティング方式を確立したとしてWebクリエーション・アウォード受賞。元未来検索ブラジル社代表で、ニュースサイト「ガジェット通信」を創刊、「ネット流行語大賞」や日本初のMCN「ガジェクリ」立ち上げ。スタートアップのお手伝いをしながらメディアへの寄稿をおこなう。シュークリームが大好き。