「元々絵を描いたり、文字のデザインをするのが好きで。独学でレタリングを学び、現在は『ロゴデザインから製作施工まで行う看板屋・上堀内美術』として商売しています」
こう自己紹介してくださったのは、上堀内美術の上堀内浩平さん(以下、上堀内さん)。上堀内さんがTwitterで紹介した、東京都北区の銭湯「十條湯」の看板が反響を呼んでいます。
「『湯』こちらインクジェットやカッティングシートでなく、アクリル板にアクリルの切文字を貼り付けたアクリルだけで成形した看板になります。昔の飲食店や旅館など商店で活躍した仕様なのですが、最近だと新規で作ってるのをあまりみないのでウチの推しメニューになります。仕上がりが本当に美しいです」
この説明とともに「十條湯」の看板写真をTwitterで紹介した上堀内さん。なお、納品自体は去年(2021年)年末に行ったそうです。
上堀内さんに詳しくうかがうと、「アクリル板にアクリルの切文字を貼り付ける」という手法は、昔ながらの商店などで今でも見ることができるそうです。
「一般的には、『昔懐かしい昭和の風景』と認知されているように感じます」と上堀内さん。ただし、老朽化や後継者不足で閉店する店舗も増えているという背景もあってか、「近年はあまり見かけないものでもあります」とも言います。
言ってしまえば古めかしさのある「昔のデザイン」。しかし、そうしたトラディショナル(伝統的)なものを以前より好んでいた上堀内さんにとっては、「工夫をすれば新しい印象を与えることが出来るのでは?」という思いがあったそう。
とはいえ、奇をてらったわけではなく文字は昔からある寄席文字(ビラ文字)をベースに、直線と楕円形だけでデザイン。「文字自体は、空白を埋めるような太い線で、直線と楕円形で書いています。『十』と『條』『湯』では画数に違いがあるので、そのバランスに留意しています」とのこと。
ちなみに寄席文字の特徴でもある、「太い線で書く」というのは、「空席がないように縁起を担ぐ」という意味も込められているんだそうです。だからこそ、お店でも「商売向き」の書体として、古くから好まれているのでしょう。
ほかにも、看板側面にある波形のデザインを、「サウナ」と「十條湯」で色分けしたのにもこだわりがあるといいます。これは「照明が点いた時に外側に漏れる光に色気が出るように」という狙いから。
照明が点灯した際の写真も、今回上堀内さんより提供いただきましたが、光を与えられた「サウナ」「十條湯」は、文字元来が持つ特徴は崩さずに、より映える「街中アート」となっています。
近ごろでは「昭和」の文化が見直される傾向にあります。昭和時代を知る人にとっては「懐かしい」ものでも、昭和を知らない世代にとっては「新しい」と受け止められることが多々。今や消え去ろうとする文化をこうして蘇らせ、上堀内さんのように一歩踏み込み“化粧”を施すのもまた、文化保全のひとつのカタチともいえるかもしれませんね。
そんな上堀内さんが営む「上堀内美術」は、今年(2022年)で10年という節目。
取材にあたり、これまで手掛けた作品の一部画像も合わせてご提供いただいたのですが、そこには「十條湯」のように、日本の伝統的な書式で書かれた看板やプレートもあれば、全て欧文書体で書かれたポップ、その両方で書かれた“和洋折衷”の垂れ幕など多様。しかも全て手書きだそうです。
近頃は「文字で伝える」ことの難しさが浮き彫りになっている世の中ですが、「上堀内美術」が魅せるそれらは、いずれも「看板に偽りなし」のものとなっていました。
<記事化協力>
上堀内浩平(上堀内美術)さん(@miduno_me)
(向山純平)