オスが健康な子どもを産みました。
中国の海軍医科大学の研究チームは、メスマウスと皮膚を縫い合わされたオスマウスに、子宮を移植して妊娠させた結果、健康な子マウスの出産に成功したと報告。
哺乳類のオスが正常な子どもの妊娠・出産に成功したのは、世界ではじめてです。
この研究は、2021年6月10日に科学雑誌『bioRxiv』に掲載されています。
目次
- メスと体を縫い合わされ子宮移植を受けたオスマウスが出産成功!
- オスが健康な子マウスを産んだ
- オスの子宮の中には異常な胎児も存在した
- 命と性の操作には批判もある
メスと体を縫い合わされ子宮移植を受けたオスマウスが出産成功!
オスの妊娠は自然界でも非常にまれな現象ですが、全く無いわけではありません。
特に魚類においては交尾の直前で性別が変わる種が知られているほか、タツノオトシゴが属するヨウジウオ科のように、体内に「オスの子宮」を持つ種も知られています。
一方で、哺乳類においてはオスの妊娠・出産が自然界で行われている例は存在しません。
そのためこれまでの科学において、哺乳類のオスの妊娠能力については「ない」と判断されてきました。
しかし中国の海軍医科大学の研究者たちはこの事実に納得していませんでした。
研究者たちは、哺乳類のオスであっても、外部からの支援があれば妊娠状態を維持し、胎児を育成できると考えていたのです。
問題は、その支援方法でした。
近年のマウスを用いた研究によって、オスの体内に移植した受精卵が短期間ならば生存・成長することが示されていますが、胎児の段階を経て出産に至るには栄養供給の専門臓器である胎盤を伴った「子宮」が必要です。
しかし単に、オスに子宮を移植して受精卵を注ぐだけでは不十分でした。
妊娠を維持して出産までこぎつけるには、オスにはない、メスの体の様々な血中ホルモンの働き(外部支援)が必要になるからです。
そこで今回、研究者たちはオスに対する外部支援の方法として、妊娠中のメスの体そのものを用いることにしました。
実際の皮膚を結合する過程はこちらをクリック ※グロテスクです
研究者たちはまず上の図のように、オスとメスの皮膚を縫い合わせた状態にしたものを46対作成し、メスの体から子宮の1つを取り出してオスの体に移植しました。
マウスの子宮は人間とは違って大きく2股に枝分かれしており、片方を失っても妊娠が可能です。
研究者たちはここで、移植された子宮がオスの体になじみ、安定するのを待ちました。
すると興味深いことに、結合状態にあるメスの性周期とオス体内の子宮の働きが同期しはじめます。
この結果は、オスに移植された子宮が、メスの血中ホルモンの働きを受けて生理周期を開始したことを示します。
その後は次の段階、妊娠実験に進むことにしました。
結果、常識外れの結果が判明します。
オスが健康な子マウスを産んだ
オスに移植された子宮に生理周期を確認すると、研究者たちは結合マウスの発情期を待ちました。
そして時期が来ると、体外受精によってあらかじめ用意していた受精卵842個のうち、562個をメスの子宮に、そして残りの280個をオスの子宮に移しました。
結果、メスの子宮では162個(30%)が、オスの子宮では27個(9.6%)で正常な発生がみられました。
そして妊娠期間が満期(21.5日)に達すると帝王切開を行い、オス・メス双方の子宮から胎児を取り出して育てました。
すると、オスの子宮からうまれた子マウスのうち10匹が成体になり、また追加の実験では、次世代(孫)の繁殖にも成功しました。
また、これら10匹の子マウスを解剖してみたところ、心臓・肺・肝臓・腎臓・脳・精巣・卵巣・子宮に明らかな異常は存在しませんでした。
この結果は、オスに移植された子宮が正常に機能し、健康な子マウスを育成できることを示します。
哺乳類のオスで健康な子供の妊娠・出産に成功したのは、本研究が世界ではじめてです。
しかしオスの妊娠・出産という大きな科学的成果があった一方で、課題もありました。
成功した10匹の健康な子マウスの陰で、異常な奇形個体が産まれていたのです。
オスの子宮の中には異常な胎児も存在した
オスの子宮からうまれた10匹の子マウスは健康でした。
ですが帝王切開を行っていた研究者たちは、オスの子宮にはいくつもの異常な死んだ胎児がいることに気付きました。
この異常な死んだ胎児は、体の形や色が正常な胎児と異なるほか、胎盤にも萎縮や腫れが確認されました。
これらの異常はメスの子宮から取り出した胎児にはみられないものでした。
また興味深いことに研究者たちが妊娠の満期(21.5日)が来る前の妊娠後期(18.5日)に胎児を調べた時には、異常が見当たりませんでした。つまり胎児の異常は妊娠後期に発生していたのです。
妊娠最後の3日間にオスの子宮で何が起きたのかは、現段階では不明となっています。
命と性の操作には批判もある
今回の研究により、哺乳類のオスでも「子宮」と「妊娠中のメスの血液」があれば、受精卵を育てて妊娠・出産できることが示されました。
一方で、オスの子宮を使った妊娠・出産には危険性があることも示されます。
オスの子宮では妊娠後期に何らかの不具合が起きており、異常な胎児が産まれていたからです。
また残念ながら、妊娠後期の異常が「哺乳類のオスの妊娠」特有の現象であるかも不明です。
現時点においてオスの妊娠が達成されたのは本研究が唯一の事例であり、マウス以外の哺乳類を調べなければ一般化はできません。
研究者たちは今後、オスの妊娠についての研究を続け、性別を超えた生殖の仕組みを探っていくとのこと。
一方で、本研究についてはフランケンシュタインを産み出したに過ぎないという厳しい指摘も存在します。
生命と性を興味本位で操作するような研究には、成果があったとしても認めることができないようです。
※この記事は2021年6月公開のものを再掲載したものです。
参考文献
‘VILE STUDY’ ‘Frankenstein’ Chinese scientists force male rats to give BIRTH while conjoined with female rodents in lab experiments
https://www.thesun.co.uk/news/15309365/china-rats-male-pregnancy-experiment/
元論文
A rat model of male pregnancy
https://doi.org/10.1101/2021.06.09.447686
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
やまがしゅんいち: 高等学校での理科教員を経て、現職に就く。ナゾロジーにて「身近な科学」をテーマにディレクションを行っています。アニメ・ゲームなどのインドア系と、登山・サイクリングなどのアウトドア系の趣味を両方嗜むお天気屋。乗り物やワクワクするガジェットも大好き。専門は化学。将来の夢はマッドサイエンティスト……?