海辺で拾う貝殻には、扇のように広がるものもあれば、塔のようにきつく巻いたものもあります。
それでいて、同じ種類の貝は、育った海の環境が違っても、ほぼ同じ形の殻を作ります。
貝はどこかで殻の全体を見渡しながら、形を整えているのでしょうか。
それとも、もっと単純な決まりが隠れているのでしょうか。
今回、工学者と若手研究者の二人が、数学を使ってこの謎に答えを出しました。
研究の詳細は、米カリフォルニア工科大学らにより、2026年10月23日付で学術誌『Proceedings of the National Academy of Sciences』に掲載されました。
貝殻の謎に、工学者が目をつけた理由

この謎に目をつけたのは、カリフォルニア工科大学のカウシック・バタチャリヤ教授です。
教授は工学者で材料科学者ですが、以前から貝殻に強くひかれてきました。
貝のような単純な生き物が、環境が違っても、複雑な形を何度でも作れるからです。
教授は「材料を作るのは、厄介で難しい作業です」と話します。
そして「なぜ自然は、こんなに単純な生き物でそれをうまくやれるのでしょう」と問いかけます。
約1年前、教授はこの関心を、博士研究員のフアン・リウ氏に話しました。
教授は、殻の成長は「何度も繰り返される、ある単純な規則」に従うはずだと考えていました。
「貝が全体の形を感じ取って、賢く付け足しているはずがない」というのです。

二人の考えの土台には、2つの原則がありました。
1つ目は、殻の形が変わっていっても、同じ成長の規則がずっと繰り返し使われるという原則です。
そこに、成長を見張って調整する複雑な仕組みは要らないと考えます。
2つ目は、その規則が、殻の伸びている縁の、その場の形だけで決まるという原則です。
手がかりは、貝殻の表面に残る筋、「成長線」でした。
貝は体を包む膜(外套膜)から殻の材料を出し、縁に付け足して殻を大きくします。
そのたびに、その時の縁の形が、筋や帯となって残ります。
木の年輪のように、成長線は古い順に刻まれていくのです。
つまり、育ちきった貝殻1個に、その貝が育ってきた道のりがまるごと記録されています。
若手研究者が本物の貝殻で確かめた、成長線の意外な共通点は?

リウ氏は、まず本物の貝殻をいくつも調べました。
円すい形の殻をもつ巻貝や、2枚の殻がちょうつがいでつながった二枚貝などです。
すると、どの貝でも、成長線は1本前の成長線と同じ形をしていました。
違っていたのは、大きさと回り具合だけだったのです。
胚から幼生の時期にかけてできる最初の殻(原殻)の縁に、同じひと組の動き(拡大と回転)が繰り返しかかっていたことになります。
そこで二人は、「リー群」という数学の道具に目をつけました。
ここでいう「群」は、組み合わせたり、元に戻したりできる操作の集まりです。
リー群では、その操作が飛び飛びでなく、なめらかに変わります。
同じ小さな操作を延々と繰り返す過程を表すのに、ぴったりの道具です。
二人はこれを使い、伸びる縁が時間とともにどう変わるかを表す「成長の法則」を導きました。
必要な要素は、3つだけでした。

1つ目は、最初の殻の縁の形を表す「曲線」です。
2つ目は、殻がどれだけの勢いで大きくなるかを表す「拡大率」です。
3つ目は、殻がどの軸のまわりに回るかを表す「回転の向き」です。
この軸の向きを逆にするだけで、らせん形の殻の巻く向き(右巻きと左巻き)が入れ替わります。
縁の曲線を少し大きくしながら、決まった軸のまわりに少し回す、その繰り返しで殻ができあがります。
これだけで、オウムガイの巻いた殻も、ホタテの仲間の扇形の殻も描けるといいます。

巻きのきつさを決めるのは、最初の縁の曲線を、回転の軸からどれだけ離して置くかです。
軸から離して置くほど、巻きはゆるくなります。
研究チームは、知られている貝殻のほぼすべての形が、この3つで表せるとしています。
アワビの殻に並ぶ呼吸用の穴や、トゲやひだの並び方も、多くの場合、殻全体を作る決まりの一部に沿っているといいます。

では、本物の貝とどれほど合うのでしょうか。
チームは、二枚貝のホンビノスガイと、ホタテの仲間の二枚貝を調べました。
たくさんの写真から立体を組み立てる方法(写真測量)で、殻を3Dデータにしたのです。
そこから成長線を取り出し、位置と向き、大きさの違いを取り除いて重ねました。
すると、成長線どうしのずれは、最大でもホンビノスガイで1.8%、ホタテの仲間で0.73%でした。
どの成長線も、ほとんど同じ1本の曲線を拡大し、回したものだったのです。
チームはさらに、平均の成長線と、それぞれの貝に合わせた拡大率を使って殻を組み立て直しました。
そして、組み立てた殻の成長線を、本物の成長線と重ねて比べています。
そのずれは、ホンビノスガイで2.2%未満、ホタテの仲間で0.8%未満でした。
複雑に見える貝殻の形は、1本の曲線と、拡大と回転の繰り返しで作り直せたのです。
縁のゆがみまで、同じ規則に乗っていた

チームは、殻の縁に乱れがある場合も調べました。
対象は、英語で「鼻曲がりの二枚貝」と呼ばれる二枚貝です。
この貝の殻には、縁の一か所がゆがんだ跡がありました。
そのゆがみは、その後に育った部分にも引き継がれていました。
成長線を取り出して拡大と回転で重ねてみると、ゆがみまで含めてほぼ同じ形で、ずれは最大でも0.26%でした。
一度できた縁のくせが、同じ拡大と回転に乗って、そのまま運ばれていったのです。
次にチームは、貝の進化の系統樹と見比べました。
すると、成長の法則に関わる値の一つが、貝の大きなグループ(綱)の中では、よく似た値をとっていました。
綱とは、巻貝の仲間、二枚貝の仲間といった大きなまとまりのことです。
チームは、進化の上で値がそろうことが、成長の仕組みがリー群の構造と結びついているという結論を後押しするとしています。
この考え方で、環境が違っても形が変わらない理由にも、説明がつくかもしれません。

栄養や水の酸性度、水温、イオンの濃さ、成長のリズムは、殻の育つ速さを変えることがあります。
しかし数学で見ると、育つ速さの違いは、時間の目盛りを付け替えることにあたります。
同じ道筋を速く進むか遅く進むかの違いなので、たどり着く形は変わらないと考えられます。
一方で、今回示されたのは「ほぼすべて」の貝殻を表せるという結果で、すべてではありません。
チームは、この成果をものづくりに生かしたいと考えています。
貝殻の成長は、余計な制御なしに進み、エネルギーの面でもむだがないからです。
この育ち方をまねれば、ジェットエンジンの特殊な配管部品のような複雑な形を作れるかもしれません。
浜辺の貝殻1個には、最初の殻の縁を少し広げて少し回す、その繰り返しが年輪のように刻まれているのです。
写真で見る、いろいろな貝の殻











参考文献
The mathematics of growing a shell—recreating diverse mollusk shells with just three inputs (Phys.org)
https://phys.org/news/2026-10-mathematics-shell-recreating-diverse-mollusk.html
元論文
Local growth laws determine global shape of molluscan shells
https://doi.org/10.1073/pnas.2614478123
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部
