まるでロマンチックなドラマのワンシーンのように、2頭のシャチが水中で顔を寄せ合い、舌と舌を優しく触れ合わせていた――。
そんな驚くべき瞬間が、ついに野生の海でカメラに収められました。
この行動はこれまで水族館など飼育環境下で、しかも数例しか観察されたことがありませんでした。
しかしスペイン・ロロパーク財団(Loro Parque Fundación)の研究チームは、2024年1月にノルウェーのフィヨルドで、スノーケリング中の市民科学者たちによって偶然この行動が記録されたと報告。
世界で初めて野生での確認として発表されました。
研究の詳細は2025年6月11日付で科学雑誌『Oceans』に掲載されています。
目次
- 偶然の出会いから生まれた歴史的映像
- キス行動の真の意味とは?
偶然の出会いから生まれた歴史的映像
観察が行われたのは、ノルウェー北部にあるクヴェナンゲン・フィヨルド。
ニシンの群れを追ってシャチが集まるこの海域は、冬季になると観察のチャンスが増える場所として知られています。
2024年1月11日、市民科学者を含むスノーケリングツアーの一行が入り江で水中に入りました。
そのとき、2頭のシャチがスノーケラーのすぐ下をゆっくりと通り過ぎ、1分49秒にもわたる“キス”のような接触を繰り返したのです。
こちらが実際の画像。

観察はGoProカメラによって記録されており、頭を正面から近づけ合いながら、舌と舌を軽く触れ合わせたり、甘噛みのような動きをしたりする様子がはっきりと映っていました。
この行動は3回のフェーズに分かれていて、最初が10秒、次に26秒、最後に18秒ほど続きました。
その後、2頭は自然に離れて泳ぎ去ったといいます。
この珍しい行動は過去に飼育下のシャチでしか確認されておらず、野生での撮影は今回が世界初です。
しかも、同じような舌遊び行動は2013年にスペインのロロパーク水族館で、別の個体群によって記録されており、今回の記録と非常によく似ていたといいます。
実際のキス映像は次ページで。
キス行動の真の意味とは?
シャチのキス行動は、実は1978年に初めて記録されたものの、長らく野生では確認されておらず、人工環境で生まれた「癖」や「退屈しのぎ」として扱われてきました。
しかし今回の発見によって、この行動が自然な社会的レパートリーの一部であると考えられています。
チームによれば、この舌の甘噛み行動は、攻撃性のない親密な交流として解釈されています。
とくに若いシャチ同士や雌同士で見られる傾向があり、群れ内の絆を深めたり、社会性や運動スキルを発達させたりする「遊び」の一環である可能性が高いといいます。
こちらは水族館内で観察されたキス行動の映像。
また、同様の行動はシロイルカでも観察されており、歯クジラ類全体に共通する社会的・発達的な戦略であるとする説も浮上しています。
興味深いのは、こうした「口と口の接触」が、子ども同士の遊びに近いニュアンスで行われることです。
これにより、緊張や対立を生まずに、仲間との関係性を育むことができると考えられています。
「キラーホエール(鯨殺し)」と呼ばれ、捕食者としてのイメージが強いシャチですが、その実態は想像以上に複雑で、社会的なつながりを大切にする知的な動物です。
今回の「舌を使ったキス」のような行動は、そんなシャチの知られざる一面を明らかにしてくれました。
しかもその発見のきっかけとなったのは、偶然のスノーケリングと市民の観察記録。
このことは一般の人々による自然観察が、科学においても非常に大きな価値を持つことを改めて示しています。
参考文献
Orcas Caught ‘Kissing’For Two Minutes With Tongue
https://www.sciencealert.com/orcas-caught-kissing-for-two-minutes-with-tongue
Affectionate ‘tongue nibbling’observed for the first time among orcas in the wild
https://phys.org/news/2025-07-affectionate-tongue-nibbling-orcas-wild.html
元論文
A Kiss from the Wild: Tongue Nibbling in Free-Ranging Killer Whales (Orcinus orca)
https://doi.org/10.3390/oceans6020037
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部