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【理研&理科大】1光子で2原子を同時興奮させる現象を観測成功


東京理科大学と理化学研究所の研究チームは、1つの光子が2つの人工原子を同時に励起する現象を超伝導量子回路を用いた実験で確認しました。この現象は自然界ではめったに起こりませんが、超強結合条件を作ることで成功しました。通常の量子力学の常識を覆すこの発見は、新たな量子技術の応用につながる可能性があります。

光の粒子1つで2つの原子を同時に励起する――まるで手品のような量子現象が、ついに実験で確かめられました。

日本の東京理科大学(TUS)および理化学研究所(RIKEN)らの研究チームは、超伝導量子回路を使った実験によって「1個の光子が2個の人工原子を同時に励起する」というユニークな量子現象の観測に成功しました。

これは通常の光学では考えられない全く新しい現象で、従来のように1光子を2光子に変換する(ダウンコンバート)過程を経ることなく、1つの光子が直接2つの原子を励起できることを示しています。

この成果により、量子力学の理解が深まるだけでなく、光と物質の相互作用を利用した新たな量子技術への応用にも道が開けると期待されています。

果たして、光と物質の間ではどのような現象が起きたのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年6月17日に『Nature Communications』にて発表されました。

目次

  • なぜ“1光子2原子”は不可能と思われてきたのか
  • たった1粒の光が原子2つを同時に叩いた瞬間
  • 量子光学の“道具箱”に新ツール、何が変わる?

なぜ“1光子2原子”は不可能と思われてきたのか

なぜ“1光子2原子”は不可能と思われてきたのか
なぜ“1光子2原子”は不可能と思われてきたのか / Credit:clip studio . 川勝康弘

まず本文に入る前に「超伝導量子回路」というワクワクする単語について簡単に解説したいと思います。

超伝導と量子と回路という3つの言葉が組み合わさった存在はどのようなものなのでしょうか?

超伝導量子回路とは何か?

超伝導量子回路とは、「−270 ℃の氷点下で摩擦ゼロになった電子を使い、研究者が好きなように“手作り原子”を描ける魔法のプリント基板」です。金属をここまで冷やすと電気抵抗が完全に消え、細い切れ目を入れた小さな回路では、電流が右回りと左回りの両方を同時に取る――いわば“二股かけた電子の道”が許されます。この二通り+同時進行の状態の組み合わせが量子ビットで、自然界の原子が持つ「休んでいる状態」と「興奮している状態」の2段階スイッチを人工的に再現したものと考えてください。さらに、配線の幅や小さなコンデンサーを少し調整するだけで、このスイッチの位置や他のビットとの結びつきの強さをダイヤル式に細かく変えられるため、理論家が紙に描いた数式を“そのまま実物のチップに写し取れる”――これが超伝導量子回路の真髄です。Google や IBM が量子コンピューターの心臓にこの技術を採用するのも納得で、研究者にとっては“レゴブロック感覚”で量子の世界を組み直せる最高の遊び場になっています。今回のチームはその自由度をフル活用し、本来なら自然界でめったに起きない「光の粒1つで原子2つを同時に点火する」という離れ業を、特注回路という舞台装置で見事に引き出しました。

1つの光子(それ以上分割できない光の最小単位)が2つの原子を同時に励起するなんて、一見するととても奇妙で想像しにくい現象です。

通常は光子1個がちょうど原子1個のエネルギー遷移に合致するときにその原子を励起しますし、逆に原子が落ち着くときに1個の光子を放出します。

この「1光子で1原子」というのが従来の常識でした。

実際、逆の現象である「2光子で1原子を励起」するプロセス(2光子吸収)は広く知られており、生物の細胞を観察する二光子顕微鏡など実用技術にもなっています。

しかし、量子の世界では常識では考えられない複数の過程が同時に起こりうる可能性があります。

理論的には、非常に低い確率ながら「1光子で2原子を励起」したり「2光子で1原子を励起」したりといった現象も起こり得ることが指摘されてきました。

2016年にはL.Garziano氏らによって「1光子で2原子同時励起」が可能であるという理論提案も発表されています。

とはいえ、こうした現象は自然状態ではほとんど観測できません。

そこで研究チームは「特別な状況を人工的に作れば、その確率を高めて観測できるはずだ」と考え、この不思議な量子現象の実証に挑んだのです。

研究の目的は、過去に理論予言されたこの1光子で2原子を同時励起する現象を「超伝導量子回路」にて世界で初めて実験的に確認することでした。

同時に、その過程で必要となる光子と原子の間で非常に強い結合が起きる「超強結合」を実現し、新しい量子物理の領域を開拓することも目指しました。

もしこの現象が確認できれば、量子エンタングルメントの理解を劇的に深め、量子情報分野に新たな視点を提供する大発見になります。

また、光子と原子の間の量子相関(エンタングルメント)の理解を深めることにもつながり、量子テクノロジーの新たな応用原理になる可能性があります。

こうした背景から、研究チームは人工的にエネルギーや相互作用を精密に調整できる超伝導量子回路を用いて、理論で予測されていた現象を実験的に証明しようとしたのです。

たった1粒の光が原子2つを同時に叩いた瞬間

たった1粒の光が原子2つを同時に叩いた瞬間
たった1粒の光が原子2つを同時に叩いた瞬間 / 実際に作製された人工原子(量子ビット)の顕微鏡写真です。この画像では、アルミニウムの微細な構造が巧みに作り込まれており、二つの人工原子が超伝導状態を保ちながら中央の共振器(マイクロ波が振動する装置)に接続されています。色が付いている部分は異なる段階でアルミニウムを蒸着して積層している様子を示しており、このような微細な設計により原子と光子(マイクロ波)の間の非常に強い相互作用を生み出しています。/Credit:Spectral properties of two superconducting artificial atoms coupled to a resonator in the ultrastrong coupling regime

では、研究チームはどのようにして「1光子で2原子同時励起」を実現したのでしょうか?

鍵となったのは、「超強結合」と呼ばれる特別な条件を満たす超伝導回路を作ることでした。

実験では、アルミニウム製の小さなループなどからなる二つの超伝導人工原子(超伝導量子ビット)と、一つのマイクロ波共振器(LC共振回路)を組み合わせた回路を作製しました。

ポイントは、この二つの人工原子を一つの共振器に極めて強く結合させる設計にあります。

光(共振器内の光子)と人工原子との結合強度が非常に大きい領域を「超強結合領域」と呼び、一般には光子のエネルギーの10%を超える結合エネルギーがあるとその領域に入ると定義されます。

理論提案では「結合強度が光子エネルギーの約10%あれば現象が見える」とされていましたが、実際の回路では人工原子同士が直接作用する効果も無視できません。

この直接相互作用は、光子との結合効果を弱めてしまうことが今回明らかになりました。

そこで研究チームは設計を工夫し、結合強度が光子エネルギーの約67~69%にも達する超強結合回路を実現しました。

このように飛び抜けて強い結合状態に調整することで、二つの人工原子が直接相互作用していても「1光子で2原子励起」の現象が起こりうる条件を満たすことに成功したのです。

その結果、二つの人工原子を一つの共振器に超強結合させることに世界で初めて成功しました。

研究チームはこの特殊な回路のエネルギー状態を詳しく測定し、新たに構築した理論モデルと比較しました。

その第一の成果として、測定データと理論モデルがよく一致し、超強結合状態の振る舞いを正確に記述できることを確認しています。

これは、二つの人工原子と光子が強く結びついた系をきちんと制御・理解できていることを示す重要なステップです。

そして第二の成果こそが、本命である「1光子で2原子を同時励起する現象」の直接的な観測でした。

研究チームは、人工原子や共振器の周波数を掃引しながらエネルギー準位(スペクトル)を測定することで、この現象のサインを探しました。

その結果、ある条件下で「gg1」という状態と「ee0」という状態がエネルギーを交換して振動していることを示すスペクトルの変化を捉えたのです。

ここでgg1とは「両方の原子が基底状態(g)で、光子が1個ある状態」、ee0とは「両方の原子が励起状態(e)で、光子が0個の状態」を意味します。

通常であれば、この二つの状態は直接行き来できないためエネルギー図上では交差してしまいます。

しかし実験では交差が避けられエネルギー準位が避けて裂ける(反交差する)現象が見られました。

これはgg1とee0が強く結合し混ざり合っている証拠です。

言い換えれば、「1個の光子が消えて2個の原子が同時に励起する」過程と、その逆の「2原子が同時にエネルギーを落として1個の光子を放出する」過程が、実際に起きていることを意味します。

この反交差の観測によって、1光子で2原子を励起できるという量子力学の予言が実証されたのです。

量子光学の“道具箱”に新ツール、何が変わる?

たった1粒の光が原子2つを同時に叩いた瞬間
たった1粒の光が原子2つを同時に叩いた瞬間 / 装置を電気回路の視点で分かりやすく描いた回路図です。この図では、人工原子が「ジョセフソン接合」と呼ばれる量子力学的に振る舞う特殊な接合素子を含んでいることが示されています。また中央の共振器部分は、インダクター(コイル)とキャパシター(コンデンサー)からなる典型的な「LC回路」として描かれており、ここでマイクロ波(光子)が蓄えられ、原子と強く相互作用します。つまり、図のジョセフソン接合は人工原子の心臓部に相当し、LC回路はその原子たちとやりとりする光子の「遊び場」として機能しているのです。図において、「α₁」「β₁」「a₁」「b₁」および「α₂」「β₂」「a₂」「b₂」など、ギリシャ文字やアルファベットでラベル付けされた×印(×マーク)が、ジョセフソン接合を示しています。ジョセフソン接合こそが、量子回路を「量子」たらしめる、いわば量子現象が現実世界に顔をのぞかせる『量子のゲートウェイ』にあたる部分なのです。/Credit:Spectral properties of two superconducting artificial atoms coupled to a resonator in the ultrastrong coupling regime

ほんの1粒の光で2つの原子が同時に励起する――この驚くべき量子光学の現象を、人類はついに手にしました。

今回の成果は、これまでの『1光子1原子』という前提を揺るがす画期的な結果です。

理論的に予測されながら誰も見たことがなかった現象を世界で初めて目撃したことで、量子力学の理解が一段と深まったと言えるでしょう。

ある意味では、新しい量子力学現象を観測するための強力なツールが提供されたと言えます。

超伝導量子回路というプラットフォームが今後さらなる未知の量子現象の探究に威力を発揮することを示唆しています。

実際、超強結合を利用すれば光と物質の相互作用をこれまでにない方法で活用できるため、高速かつ高効率な量子情報処理の手法につながる可能性も指摘されています。

例えば、一つの光子から同時に複数の量子ビットに情報を与えるような新原理の量子回路が実現できれば、量子コンピュータの演算や量子通信の効率が飛躍的に向上するかもしれません。

また、今回の成果は「人間がどこまで自由に量子系を設計し、新しい現象を引き出せるか」という根本的な科学の問いにも挑戦するものです。

人工的に作り出した系で自然界にはほとんど現れない量子現象を引き起こせたことは、まさに量子工学の新時代を感じさせます。

一見マジックのような量子の振る舞いも、適切な装置と工夫次第で現実の技にできます。

今回増えた“量子光学の新しい道具”を使って、今後どんな未知の現象が発見されるのか、私たちも大いに期待したいですね。

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参考文献

1光子で2原子を同時励起する現象を観測-超伝導量子回路が見せる新しい量子力学現象-
https://www.riken.jp/press/2025/20250617_1/index.html

元論文

Spectral properties of two superconducting artificial atoms coupled to a resonator in the ultrastrong coupling regime
https://doi.org/10.1038/s41467-025-60589-5

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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