ストレス社会において、ウェルビーイング(幸福感)を高める活動に注目が集まっています。
ですが、忙しい日々の中で「ヨガを30分行う」「スマホを手放して自然と向き合う」といった提案に、ハードルの高さを感じる人は少なくありません。
そんな中、「1日たった数分、わずか1週間で幸福感が向上する」という研究成果が報告されました。
本研究は、アメリカ・カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の研究チームが中心となって実施し、「マイクロ・アクト(喜びを生み出す小さな行動)」による幸福感向上の効果を科学的に検証しています。
研究内容は2025年6月4日付で『Journal of Medical Internet Research』誌に掲載されました。
目次
- たった数分の活動「マイクロ・アクト」でも人は幸せになれる?
- たった数分の行動で幸福感が高まると判明
たった数分の活動「マイクロ・アクト」でも人は幸せになれる?
本研究の背景には、「幸福感は心身の健康を支える重要な要素である」という科学的な知見があります。
高い幸福感を持つ人は、うつ病や不安障害の発症リスクが低く、心疾患や慢性病の発生率も抑えられると報告されています。
米国の国民予防戦略においても、「ウェルビーイング」は公衆衛生の重点領域として挙げられています。

従来のウェルビーイング向上法には、感謝日記の記入、瞑想、ポジティブ心理学的トレーニングなどがあり、その効果は多くの研究で実証されてきました。
しかし、これらの介入は数週間から数ヶ月にわたる取り組みが前提で、時間や労力を要するため、継続できない人も多いのが課題でした。
そこで研究者たちは、「もっと手軽で短時間でも効果がある方法はないか?」と考え、「The Big Joy Project(ビッグ・ジョイ・プロジェクト)」という大規模な市民参加型実験を立ち上げました。
このプロジェクトには、169カ国から1万7598人が参加しました。
各参加者は7日間、毎日1回、5〜10分程度の「マイクロ・アクト」を実施しました。
マイクロ・アクトの具体的なの内容は、「誰かの喜びを一緒に祝う」、「感謝リストを作る」、「小さな親切を計画・実行する」、「自分の価値観を見つめ直す」、「困難な体験から得たポジティブな側面を見つける」、「自然の動画を見て畏敬の念を味わう」、「世界に善をもたらす自分をイメージする」というものです。
参加者は、行動の前後で気分を記録し、7日後には自分の感情変化や効果の高かった行動のフィードバックを得ることができました。
たった数分の行動で幸福感が高まると判明

結果は非常に有望なものでした。
7日間の介入の後、参加者の心理的・身体的指標には次のような有意な変化が見られました。
ウェルビーイング(生活満足感、人生の意味など)、ポジティブ感情(希望、楽しさ、驚きなど)は、幸福感への自己効力感(自分で幸せを作り出せる感覚)がそれぞれ向上したのです。
また主観的なストレスも低下したと報告されました。
さらに、自己評価による健康状態と睡眠の質も、わずかながら有意に向上しています。
また、より積極的にマイクロ・アクトを行った人ほど改善幅が大きかったとも報告されています。
人はわずか1日僅か数分の小さな活動でも、自分の幸福感を大きく変化させられるのです。

加えて、このマイクロ・アクトの効果は、社会的に不利な立場にある人ほど、大きな効果を及ぼすことが分かりました。
教育水準が低い人、経済的に困窮している人、人種的・民族的マイノリティの参加者は、その他の層と比べて顕著な幸福感の向上を報告したのです。
研究者はこれを「ベースラインの幸福度が低いほど、改善余地が大きくなる」という心理学的傾向と説明しています。
さらに、若年層(18〜34歳)は高齢者よりもウェルビーイングやストレス低下において強い効果を示していました。
もちろん、この研究にはいくつかの限界があり、ウェブベースでの自己選択型参加だったため、モチベーションの高い人が偏って参加している可能性も否定できません。
それでもなお、研究チームはこのアプローチが「低コストかつ高効率な公衆衛生施策」として大きな可能性を持つと結論づけています。
「ほんの少しの行動で、私たちの幸福は変えられる」はずです。
まずは「自然の動画を見る」「感謝リストを作る」など、すぐに始められることをやってみて、自分でもその効果を実感してみると良いでしょう。
参考文献
Boost well-being and reduce stress with quick and easy daily “micro-acts”
https://newatlas.com/health-wellbeing/well-being-daily-micro-acts-joy/
元論文
Scaling a Brief Digital Well-Being Intervention (the Big Joy Project) and Sociodemographic Moderators: Single-Group Pre-Post Study
https://doi.org/10.2196/72053
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部