光の速度には越えられない上限があるように、この宇宙には「出力」(一定時間あたりに放出できるエネルギー)の上限、いわば“パワーの壁”が存在するかもしれません。
ドイツのエアランゲン=ニュルンベルク大学(FAU)で行われた研究によって、光速に次ぐ“宇宙の絶対ルール”として、重力波などが放てるエネルギー出力には約3.63 ×10⁵²ワットという上限値(プランクパワー)が存在し、それを超えようとすると時空が自ら破綻する可能性が浮かび上がりました。
相対性理論が定める速度の壁を誰も破れないのと同じように、爆発的天体現象やブラックホール合体さえもこの“出力ブレーカー”を越えられないとすれば、ビッグバン直後の宇宙でさえ守られた新しい安全装置が隠れているのではないでしょうか?
研究内容の詳細は『Classical and Quantum Gravity』にて発表されました。
目次
- 無限パワー幻想を打ち砕く鍵=プランクパワー
- 光速の壁に続く“パワーの壁”、ついに理論証明
- 出力の壁が守る因果律と未来の検証法
無限パワー幻想を打ち砕く鍵=プランクパワー
アインシュタインの相対性理論では、光の速度(約30万km/秒)がこの宇宙での速度の上限として知られています。
いかなる物質も信号も光速を超えて移動することはできず、この「光速の壁」は現代物理学の根幹をなしています。
しかし純粋に古典的な力学だけを眺めると、エネルギーの噴き出す速さ――すなわち出力には理論上の天井が見当たりません。
極論すれば、燃料と時間を極限まで詰め込めば無限大のパワーを叩き出せるはずだ、というわけです。
ところが実際の天体観測はそこまで豪快ではありません。
実際、これまで観測された最も明るいガンマ線バースト(超新星爆発の一種)で約(1~2)×10⁴⁷ワット、ブラックホール同士の合体で生じた重力波でもピーク時で(2~7)×10⁴⁹ワット程度と推定されており、まだ「天井知らず」と言えるほどではないのです。
ここで登場するのが、相対性理論に量子論の視点を重ねたときだけ姿を現すプランクパワーという概念です。
プランクパワーは光速cや重力定数G といった普遍定数だけで組み立てられる自然界の最大出力で、その値はおよそ 3.63 ×10⁵²ワットに達します(※条件(γ=1)により値はこの半分ほどになるものの、それでも圧倒的と言えます)。
身近なたとえに置き換えれば、地球が1年で受け取る太陽エネルギーを、ほんの0.03秒で放出する量に匹敵します。
この結果は、「速度」と同じように「出力」にも上限を設定する“宇宙の仕切り”がある可能性を示しています。
仮に宇宙がそれ以上のエネルギーを一気に吐き出そうとすると、重力場の数式は解を失い、時空には“コースティク”と呼ばれる焦点特異点が発生して反古典的な物理学の描写が崩壊してしまいます。
ブレーカーを越えると配電盤が焼き切れる住宅の電気回路を思い浮かべると分かりやすいかもしれません。
光速が「移動の速さ」を封じ込める壁だとすれば、プランクパワーは「エネルギー放出の速さ」を封じ込める壁――つまりパワー版・光速制限に相当するのです。
観測値がいまだこの上限の三桁以上手前にとどまっている事実は、裏を返せば「宇宙はまだブレーカーを落としていない」ことを示しています。
しかし、その“ブレーカー”が本当に存在するかどうかはまだ明らかになっていません。
一方で、現代物理学のもう一つの柱である量子論では、エネルギーや運動量など物理量は連続的ではなく「量子(最小単位)」に分かれていることが知られています。
電子が原子内でとり得るエネルギーが離散的な値に限られるように、光もまた光子と呼ばれるエネルギー粒子(量子)の集まりとして扱われます。
同様に重力についても、それを司る時空そのものを微細な単位に区切って考える「量子重力理論」によって、重力場にも量子的な制限が現れる可能性があります。
そこで新たな研究では、重力場の量子論モデルを用いて出力に自然な上限が現れるかどうかを確かめることにしました。
光速の壁に続く“パワーの壁”、ついに理論証明
今回の研究手法は理論的なもので概念的にかなり難しいものになっています。
そこで専門的なことは置いておいて大枠を理解したい人向けに「ざっくり解説版」を用意しました。
ざっくり解説版
プランクパワーは量子論からも導けるのか?
研究チームはまず、重力波が最後に通り抜けて宇宙へ逃げていく“出口”――時空の光速境界を仮想的に設定し、そこから流れ出るエネルギー量(光度)を数式で測る枠組みを作りました。つぎに、その枠組みを丸ごと量子論のルールで扱い直し、「重力波を“粒”として数えたらどんな振る舞いになるか」を計算しました。
すると出力の取り得る値は、ある決定的なラインを境にガラリと様子が変わることが判明しました。そのラインが プランクパワー(約 3.6 × 10⁵² ワット) です。
- それ未満 … 出力は“飛び石”のように飛び飛び(量子化)
- それ超え … 値は連続になるが、時空に「コースティク」というひずみが発生し、数式が破綻してしまう
要するに、プランクパワーを越える放射は理論上描けても現実の時空には入らない――宇宙が自動的にストッパーをかけているイメージです。光速が速さの天井なら、プランクパワーはエネルギー放出スピードの天井というわけです。
さらにこの“出力の壁”は4 次元の宇宙(縦・横・高さ+時間)だからこそ意味を持つことも分かりました。5 次元以上の仮想宇宙では、長さのスケールが絡んでしまい、同じような普遍的上限をきれいに導けません。私たちの宇宙が4 次元である事実そのものが、プランクパワーという上限を自然に生み出している――それが今回の理論計算の示すところです。
プランクパワーは量子論からも導けるのか?
謎を解明するためヴィーラント博士らは、まず重力波が通過する時空の境界面(光速で伝わる重力場の情報が通る仮想的な面)を考え、その上で重力場の振る舞いを数式で記述しました。
この境界面は時空の端(遠方の無限遠)に相当し、そこでの重力波のエネルギー流出を解析することで系全体の「光度」(単位時間あたりのエネルギー放出量)を評価します。
次に、この重力場のモデルに量子論的な扱いを導入しました。
具体的には、重力の作用(アクション)に特殊な項を加えて非摂動的な量子化を行い、重力波の位相空間(とり得る状態の空間)の構造を解析しました。
難しい内容ですが、一言でいうと「重力波を量子的に扱ったら何が起きるか」を計算したのです。
その結果、重力波として運び出されるエネルギーのスペクトル(とり得る出力の値)が、ある値を境目に性質が一変することが明らかになりました。
その境目こそがプランクパワー(約3.63×10⁵² W)に対応しており、ここで出力の振る舞いが「それ以下では離散的(連続的な値ではなく飛び飛びの値しか取らない)」のに対し、「それ以上では連続的(あらゆる値が取り得る)」に分かれるのです。
量子論ではエネルギーなどの観測量が離散的な値(量子)になるのが通常ですが、プランクパワーを超える領域ではそれが崩れて連続になってしまうという、一見奇妙な結果です。
しかしヴィーラント博士は、このプランクパワーを超える連続スペクトルの状態は物理的に実現不可能であると結論付けました。
そのような状態では、数式上は「時空に収まりきらない」現象が起き、重力場に「カスプ(焦点特異点、caustic)」と呼ばれる異常な歪みが生じてしまいます。
これは時空が無矛盾に存在するための条件(遠方で平坦になる、など)に反するため、結局そのような解(状態)は現実の宇宙では起こり得ない、というのです。
換言すれば、プランクパワーを上限とする「出力の壁」が理論的に証明されたと言えるでしょう。
今回の結果は、D=4次元(通常の3次元空間+時間の宇宙)でのみ成り立つことも注目すべき点です。
高次元の仮想的な宇宙ではプランクパワーに相当する上限は一般には導くのは困難とされています。
4次元の場合、重力波のピーク光度はブラックホール合体の質量比やスピンなど無次元のパラメータだけで決まることが知られています。
(※詳しくは4 次元では次元解析で 長さスケールが消え、c,Gだけで光度が決まる。D ≠ 4 では追加スケールが必要)
これは光速や重力定数といった普遍定数のみで上限値が決められることを意味し、プランクパワーが自然に登場する理由とも言えます。
一方で5次元以上では、出力に長さのスケール(系の大きさや振動数など)が関与してしまい、同じような普遍的上限は導けなくなるのです。
私たちが住む宇宙がまさに4次元であるという事実も、この“出力の壁”が現実的な意味を持つ重要な要因です。
出力の壁が守る因果律と未来の検証法
今回示された「プランクパワー」という最大出力の存在は、物理学にとって大変興味深い意味を持ちます。
もしこの理論が正しければ、宇宙におけるあらゆる爆発現象や高エネルギー現象には絶対的なパワーの天井があることになります。
どんなに巨大な超新星爆発やブラックホール衝突でも、約10⁵²ワットを超える出力は物理法則上発生し得ないという制限です。
これはちょうど、どんな物体も光速を超えて動けないのと表裏の関係にあります。
「光速の壁」が因果律(原因と結果の順序)を守るための宇宙のルールであるように、この「出力の壁」も極限状態で宇宙の法則が自己矛盾を起こさないための安全装置と言えるかもしれません。
実際、重力波の出力に上限があることで、ブラックホール内部やビッグバン直後の振る舞いについて新たな洞察が得られる可能性があります。
重力波のパワーが無制限に大きくなり得ると仮定すると、因果関係が崩れたり時空そのものが安定しなくなったりする問題がありました。
しかし上限が設定されることで、極限環境でも物理法則の一貫性が保たれる道筋が見えてきます。
さらに興味深いのは、重力波のエネルギーが量子的な「粒」に分解できる可能性が示唆されたことです。
ヴィーラント博士は「もし私の理論的考察が正しければ、重力波の出力を最小単位の量子にまで分割して考えることが可能になるでしょう」と述べています。
(※臨界値未満ではスペクトルが飛び飛びになる)
これは、重力波が光子のような粒子(仮想的な「重力子」)の集まりとして記述できる未来を示唆しています。
重力波の検出技術がさらに発展し、非常に高精度でそのエネルギー分布を観測できるようになれば、出力の量子化(離散性)という現象が確認される日が来るかもしれません。
もっとも、プランクパワーはあまりに巨大な値のため、人類が実験室で直接この上限に迫るような状況を作り出すのは到底不可能です。
したがって、この理論を検証するには宇宙からの観測(高エネルギー宇宙現象のデータ)や、量子重力理論のさらなる発展を待つ必要があるでしょう。
この論文は査読付きで公開され、量子重力理論の最前線として注目を集めています。
ヴィーラント博士らは引き続き、本研究で用いたアプローチを発展させながら、重力が因果構造(物事の前後関係)に与える影響など、宇宙の極限で起こる不思議な現象の解明に取り組んでいるとのことです。
重力と量子論の融合は難問中の難問ですが、そこから生まれる新たな物理像は、私たちの宇宙観に革命をもたらす可能性を秘めています。
「光速の壁」の先に潜む「出力の壁」――それは宇宙の基本法則のパズルを解く重要なピースとなるかもしれません。
今後の研究と検証の進展に、大いに期待したいところです。
元論文
Evidence for Planck luminosity bound in quantum gravity
https://doi.org/10.1088/1361-6382/adb536
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部